叔父との七日間

品川 大和

第1話「0日目」

 とにかく暑い日だった。今思えばあの日はあの暑苦しい人が来る前兆だったのかもしれない。そんなことも全く知らず、翔太はカフェでたまりにたまった愚痴を出し続けていた。「鈴木の授業まじでイミフなんだけどー。あいつ本当に教師免許持ってるのかなってれべるレベルなんだけど」「まぁまぁそう言わずにさ。自分で勉強するしかないよ。むしろそのほうがやる気出るかも」「えらい子ちゃんだな春樹は」春樹は翔太のそんな嫌味に気付かないのかチューチューとカフェオレを吸っている。「鈴木って東大卒らしいよ」サッカーゲームをしながら一輝が言った。翔太も春樹も顔を見合わせて驚いた。「まじで?なんで東大卒でしがない私立高校の先生なんかやってんだよ」「詳しくは知らんけど昔からの夢だったらしいよ」夢ねぇ。春樹がぼやいた。「でも東大ってすごいな」と春樹が言う。翔太たちもうなずいた。そうなのだ高校生にとって人を評価する最大の物差しは学歴なのだ。どんなにダメ人間でもハーバードを出ていたらすごいとなるし、どんなに心が優しくても中卒と聞けば少し見方も変わる。そんな世の中なのだ。別に頭がよくもなく心が澄んでいるわけでもない翔太たちにとってはどちらで評価されても大した誤差はなかった。

 外も暗くなってきたので翔太一行は帰路に着いた。途中の駅で春樹とは別れた。二人きりになった一輝とは小学校からの仲でサッカークラブを通じて知り合った。お互い女の扱いに慣れていない。そしてサッカーが大好きという理由でつるむようになり同じ高校にまで進んだ。春樹とは1年のクラスが一緒で隣の席だったので仲良くなった。春樹に関してはインテリで顔もそこそこなので同じクラスの女子から告白を受けたりもしている翔太たちとは正反対の人間である。一緒にいると常に新しい発見があって楽しい。だから2年になって離れ離れになった今でもこうして仲良くしている。

 今一瞬誰かに監視されている気がしたが気のせいだと言い聞かせる。一輝が言った。「そういえば、なんか最近帰り道が危ないって鈴木が言ってたぞ」「なんだそれ。不審者でも出たのか?」「いや、そういうのじゃなくて、もっと怖い奴ららしい」「ふーん。ヤクザとか暴力団関係かな」「わかんないけどそんな類じゃないかな。うん」電車がホームに止まる。一輝とは同じ中学だが最寄り駅は1つ違っていた。「そうか。じゃあ気をつけて」

 翔太が降りてすぐにプシューっと音を立てドアが閉まる。1人になるときはいつだってそうだが、心細くなると同時に解放感を味わう。これで今日も何もなく終わったと安心感に包まれるのである。しかしそんな気持ちもつかの間重大なことに気が付いた。今日は朝寝坊をして駅まで送ってもらったんだ。先日買ったばっかりの赤いマウンテンバイクを使えないじゃないか。

 しょうがない。暑いが歩くしかないなと歩を進めた。半分ほど歩いたところで翔太は気づいた。誰かにつけられている。男が黒いパーカーを着てフードをずっぽりとかぶっている。暗闇に紛れて顔は見えないがひげは生えてそうだ。怖くなって翔太はとっさに近くのコンビニに駆け込もうとした。しかし男もついてくる。そしてコンビニの光が届いたところでついに手をかけられた。しまった。翔太は背筋が凍るのを感じた。男が口を開く。「ショータか?」

 今何を言われたのか理解できなかった翔太はぽかんとしてしまった。男がフードをとる。そこには見覚えのある顔があった。「和さん?」「ピンポーン」それは父方の叔父の和明に間違いなかった。ピンポーンは和明のクイズに答え正解すると必ず言うセリフであった。しかし前にあった時とはずいぶんと変わっている。そもそも髭ははやしてなかったし、もっとふくよかだったはずだ。服装もスーツ姿しか見たことがなく、いかにも仕事ができる男だったはずだ。目元もこころなしか鋭くなった気がする。

 「なんでこんなところに?」たしか和さんは都心に住んでいてこんなところにいるはずがない。「ショータの家に泊まることになったからだ」「え?」また翔太はフリーズした。トマル?「これからいつまでかわからないが一緒に住むことになった」「そ、そうなんだ」「じゃあ家まで案内してくれ。本当は迎えが来る予定だったんだがショータを見つけたからな。つけてきた」「つけてこなくていいじゃないか。先に声かけてくれよ」「いや、彼女のところにでも行くのかと思ってな。見たかったんだ」和さんは昼間の太陽のようなまぶしい笑顔を見せた。「彼女なんていないよ」「1人や2人は作っといたほうがいいぞ」「2人作っといたらそれは浮気じゃないか」和さんはそれもそうだなと言ってガハハと笑った。翔太はそんな和さんの適当さが好きで仲良くしていた。

 家に着くと母が待っていた。「和君いらっしゃい。気が済むまでいてね」母がそんなこと言うなんて。朝はあんなに寝坊のことで怒っていたのに。和さんはシャワーを浴びてすぐに眠ってしまった。やがて父も帰ってきた。「和は来たか。相当疲れてるみたいだな。心ゆくまで休ませてやろう」頑固な父までもそんなこと言うなんて。何か大きな理由があるに違いない。明日、和さんに聞いてみよう。なんて考えていたら深い眠りに落ちてしまった。

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