第17話

「さて、来たまではいいけどどうしたものかしらね」


 一見すると何もない。しかし、通常空間と重複するようにして別の空間が存在している。位相がズレているだけなので簡単に侵入できると考えていたが、何やらプロテクトがかかっており解析がうまくいかない。確かに似てはいるが、涼宮さんのものとは全く別物の様だ。


「あらら、こういうのは長門さんが得意だったわね」


 けど、ここで諦める朝倉涼子ではないのよ。わたしは懐から髪の毛(先ほどの会合で待機中にツインテールの子からこっそり拝借したものだ)を取り出す。その構成情報を取り込みそっと境界に手を伸ばすと、先ほどと違い手触りがあった。触れるのであればあとは簡単だ。振りかぶって拳をたたきつけ、境界を粉砕して入口を作った。


「お邪魔しまー…す?」


 空間内は、セピア色をしていた。しかし、どこか違和感を感じる。まるでのっぺりとした、薄い何かを貼り付けてあるような。サーチングモードのまま、あたりの索敵を行う。生体反応はない。しかし、間違いなくここには何か秘密がある。


「突き止めるわ」


 さらに情報制御レンジ拡大し、攻性情報展開し始めたところで、突如として頭に激痛が走った。思わず地面に手をついて体制を支える。即座に全ての情報操作を緊急停止すると、激痛は和らいだ。


「なによ、今のは…」


 頭を押さえて周りを見渡すが、動くものは何一つない。今のは一体何だったのか。確かめる必要がある。


「情報制御レンジ拡大。攻性情報展開。サーチングモードへシフト。当該対象の探索を目的とした広域空間での索敵許可…許可をしんせ…ぐああ!!」


 先ほどよりも激しい頭痛に思わず横倒しになって転げまわった。頭の中で黒板を爪でひっかくような残響音が鳴り響く。これは…一度退いて体制を立て直すべきだ。ふらつきながら立ち上がり、入口へ戻ると開けたはずの穴が塞がっていた。来たときと同じように構成情報を取り込み、拳をたたきつけるも、先ほどと手ごたえが異なりビクともしなかった。情報統合思念体に交信を試みるも、申請の受理以外は遮断されているかのように返答がなかった。


「閉じ込められた…ってことね」


 救援を待つにしても、この場所へ来ることを喜緑江美里には報告していない。だからあれほど報告をするように言ったのにと怒っている喜緑江美里を想像して、思わず笑ってしまった。そっと髪留めのあたりを撫でてみる。ここから出なければ。改めて境界に向き合い、一度だけ深呼吸をする。


「情報制御レンジ拡大。攻性情報展開。ターミネートモードへシフト。当該対象の解析を目的とした広域空間での疑似戦闘許可を申請」


 頭が割れるような激痛が走る。しかし、今度は途中で止めることはしない。解析を最後まで終わらせて、原因となるものを取り除く。解析中あまりの激痛に、小さくなるように頭を抱えてうずくまった。


「解析…完了」


 体に力が入らず、境界に爪を立ててもたれながら立ち上がる。違和感の正体がわかった。この空間が重複していたのは、二つじゃない。ほんの僅かに位相の異なる、もう一つの空間が隠されるようにして存在している!位相変換調整をして再度境界に拳を叩きつけると、セピア色の景色がひび割れていき、そして音もなく砕け散った。現れたのは、一面真っ黒な闇だった。

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