第11話

「古泉一樹」


 後ろでやいのやいの騒いでいる朝倉を無視して長門は


「ここでそういったことを控えるべき」


 少し残念そうに言った。古泉は肩をすくめるのみで返事をしなかった。


「私の知っていることは伝えたとおりよ。じゃあ、藤原君のことを教えて」


 橘京子はええと古泉を見て、何故か俺の方を見てから再びええっとと呟いた。


「藤原さんは…あの、あたしたちのところには、来なかった、です」


「…騙したの」


 朝比奈さん(大)が怒るところを俺は初めてみた。橘は酷く狼狽していたが共犯の古泉はいつもと全く変わらない面構えだった。絵面的には新任の教師にサボりがばれたカップルに見えなくも…いや、見えないか。男子生徒が不遜すぎる。


「騙された、そうおっしゃいますが、橘さんは言ったことは重要なことですよ」


 古泉はパイプいすにもたれかかって、両手の指を合わせて語り始めた。


「藤原氏が橘さんの組織と連絡を取っていない、つまり今回の彼は単独犯ということです。周防九曜にも動きがないということは独自で何かするつもりなのか、はたまた別のパトロンでも見つけたのでしょう」


「敵の敵は味方といいますが、少なくとも敵でないことが判明したことは重要です。最低限、敵側になびかないだけの注意をしておけば、余計な労力をかけずに済むのでね」


「橘さんの組織は僕から話しておきましょう。ですので、周防九曜にはあなた方からコンタクトを取っていただきたい。あぁ、無理のない程度で結構ですので」


「どうでしょうか?これでも橘さんの話が無益だと判断されるのでしたら、あなた方とは価値観が違うという結論になるのですが」


 朝比奈さんは頭を振って、もういいわと力なく答えた。


「一つよろしいでしょうか」


 朝倉と長門を除く全員が喜緑さんへと向かった。なし崩し的に議長のようになっている古泉が続きを促す。喜緑さんは橘京子を指さした。


「そちらの彼女が嘘をついていない保証はありますか」


「あ、二重スパイって奴ね。あたしもやってみたいわ」


 朝倉が面白そうに笑うのと対照的に、橘京子はブルブルと真っ青になっていた。


「その点はご心配なく。彼女の属する組織にいる我々の協力者も同じ見解なので」


 えっと驚愕する元誘拐犯の少女。俺の朝比奈さんが寝ているので、この場でオロオロしたりするのは彼女の役回りの様だ。


「僕らの情報収集力を疑うというのであればどうぞご自由にお調べになればよいかと。やる気のある方もそこにおいでのようですし」


「ねえねえ長門さん、あいつそろそろやっちゃってもいい?ダメ?ダメかぁ…」


 長門は振り返ることもしなかったが、朝倉はそれでも自重してくれるそうだ。


「了承しました。こちらからは以上です」


 喜緑さんも朝倉をスルーして発言を締めくくった。

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