第4話

「消えちまったな…」


 俺はそう言って振り返って驚くべき光景を目にした。古泉と朝比奈さん(大)が、目を見開いて藤原が消えたあたりを眺めていた。長門までほんのわずかに驚いている風にさえ見える。俺は再度藤原が消えたあたりを眺めた。


「朝比奈さん。今のは?」


 古泉の問いに朝比奈さん(大)は答えず、黙ったまま元来た道を歩いて立ち去った。古泉はそれきり黙り込んだ。俺には何をそれほを考えているのかが分からない。まあいけ好かない野郎が戻ってきたのは俺にとっても厄介ごとではあるのだが。黙り込んでいた古泉がようやく口を開いた。


「帰りましょうか」


 ちょっとイラっときた。後になって去年の夏休みみたいに、夜中に電話がかかってきたりしたらたまったものではない。いや、それは言い訳だな。また俺だけのけものにするのかという怒りが正直なところだ。そう言ってやろうとしたら、長門がこの場から近い自分の家に寄るように言い出した。長門が自発的に動くのはかなり珍しい。古泉もそう思ったらしく、少し迷った後に4人で長門の家についていくことになった。



「朝比奈さんを起こさないか?」


 いくら寝顔が可愛らしいと言っても寝かせたまま長門の家に連れて行くのは骨が折れるし、何より先に話を聞いていた方がいいだろう。特に今回は未来人が元凶のようだし。しかし古泉曰く、起きている前に話しておきたいことがある(朝比奈さんにとって居心地の悪い話だそうだ)とのことで、寝かせたまま連れていくことになった。古泉が背負おうとしたので、それを制して俺が背負った。このくらいの役得はあってしかるべきだろう。



「それで、さっきは何を見てそんなに驚いてたんだ?未来人なんだから、時間を移動すれば元の時間では消えているだろう?」


 長門の家についてすぐ俺は尋ねた。ふむと古泉はまた考えこみ、ちらと長門の方を見る。長門は何も反応しないが古泉はそれでよしとしたようだ。何故だろう、無性に腹が立つ。


「藤原某が消えた、それ自体はあなたの言う通り重要ではありません。ここで重要なのは結果ではなくその過程なのです」


 先に言っておくべきだったな。なるべく簡潔に解りやすく頼む。古泉はこれは失礼と、大して気にする風でもなく続けた。


「重要であるのは消えるその瞬間を我々が直接『見る』ことができた、この点ですよ。これは、今までの彼らの動きからは考えられないことです」


 確かに消える瞬間を見たのは俺も初めてだ。脱出マジックの箱なしバージョンだ。


「冗談ではありません。彼ら未来人にとって、我々過去の人間に未来の技術を見られるということは最大級の禁忌のはず。なぜなら、もし僕やあなたがそれがきっかけで彼らの未来で発明される前にその技術を作り上げてしまった場合、未来が変わってしまうからです」


 つまり、あの野郎がやったことが、未来人としてはとんでもないことだったってことか。いや、それは解った。けど本当にそれだけか?俺の今までの経験が、もっと他に何かあるぞと囁く。


「もし僕がタイムマシンを作ったとしたら、まず最初にこのセキュリティーホールを塞ぐでしょうね。しないようにするのではなく、そもそもできないように仕組みを作ります。にもかかわらず、彼はそれをやってのけた。これはつまり、今の彼には未来人を縛る禁則事項が一切作用していないということです。たとえば、前回のように周防九曜に頼ることなく、直接涼宮さんやあなたに手をかけることもできるようになった、彼の存在は我々にとって大いなる脅威と言えるでしょう」


 それはそれとして気になる点が三つあります、と絶句している俺に向かって古泉は付け足した。


「まず、なぜわざわざ我々の前に現れたのか。そんなことをすれば僕ら機関や長門さんの属する情報統合思念体、そして初めてアドバンテージを得ることに成功した朝比奈さん側の未来人にまで警戒されてしまう」


「次に、彼の目的です。前回は未来を変えて朝比奈さんを救うという目的があった。そして、藤原氏の言葉を借りれば、それは失敗した。では今回、彼は何を目的として動いているのか」


 古泉は未だ眠っている朝比奈さんを横目で見てまた俺に視線を戻した。


「そして最後に、どうやって再びこの時間平面に戻ってきたのか。彼のTPDDは完全に破壊されたはずで、この時代はおろか、元の時代に帰ることもできなかったはず。いったいどうやったのか」


 最後は独り言のように言って古泉はまた黙った。

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