第3話
ハルヒは用事があるということで一人で帰ってしまい、本日のSOS団の活動は平和なまま過ぎていった。古泉とポーカーをしつつ、朝比奈さんは制服のまま淹れてくれた熱いお茶を飲み、流れる汗を拭う。お茶が熱いのではなく、部屋が暑いのが間違いなのだ。さっさとクーラーを設置してほしいところだが、しがない県立高校の予算では厳しいだろうし、何かの手違いで決まったとしても、このボロい部室棟にはおそらく設置されないだろう。長門が本を閉じる音で本日の活動は終了し、4人そろって帰路に就く。夏休み明けのいつもの日常、そのはずだった。
「おい」
ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、誰かが立っていた。このくそ暑い炎天下のなか、真っ黒なコートを着込み、目元まで隠れる帽子を被った不審者だった。そして、さらに嫌なことに、俺はこいつの声に心当たりがあった。けど、お前はもう出て来られないはずで…。
「随分と呑気じゃないか。それとも平和すぎて僕のことを忘れてしまっているのか?大した記憶力だ」
身に着けていた帽子を取り、見下すような顔が現れる。全然変わってないな、むしろちょっとは変わってろよと思うほどだ。いけ好かない未来人、藤原の再訪だった。
「そこを動かないでください」
最初に声を発したのは古泉だった。藤原は動かない、というかどうでもよさそうに古泉を見据えていた。
「どうやって戻ってきたのかは知りませんが、今回は彼女とは一緒ではないのですね。あなた一人で何をするつもりですか?」
「何も。ただ、待っているんだ」
そういって藤原は俺たちを、いや、俺たちよりもっと遠くを眺めていた。藤原が舞っているのは、おそらく俺の横にいない方の朝比奈さんだろう。そういえばさっきから朝比奈さんの声がしないなと振り返ると、朝比奈さんは長門にもたれかかるような恰好で眠っており、いつのまにか現れた朝比奈さん(大)が藤原の視線の先に立っていた。藤原はじっと朝比奈さんを眺めて、何も言わずに俺に向き直った。
「僕は失敗した。そしてそのせいでそこにいる朝比奈みくるは間もなく破滅する。なぜ今この場に、朝比奈みくるがやって来たと思う?規定事項だったからか?違うね、朝比奈みくるがここへ来ることは規定事項ではなかった。規定事項外の僕の行動で、出てくる他なかったからだ。これは、彼女の未来には予定されていない事態だからだよ」
「そうね。確かにあなたがまたこの時間平面に現れる未来はなかった。あなたがこの時代に及ぼす影響は計り知れない。TPDDの修復だって、一体どうやって?」
「言っても信じないさ。いや、およそ理解はできないことだ。とりあえず今日は挨拶だけのつもりだよ」
「このまま逃がすとでも?」
蚊帳の外に置かれていた古泉が半ば呆れたような声を出した。ここには古泉の他に万全の状態の長門、そして朝比奈さん(大)がいた。対して藤原はたった一人で、前回のように九曜がどこかに潜んでいる風でもない。いや、もしかしたらいるのか?だからこいつは余裕なのか。
「そのつもりだよ、現地人。ああ、安心するがいい。今回は九曜を使わない。奴を縛っていた名前ももういらない。あいつは用済みだ。適当な名前でも付けて、そっちで引き取ればいい」
じゃあな、と言って藤原は俺たちの目の前から忽然と『消えた』。
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