第2話

 そうこうするうちに転校生の挨拶は終わり、夏休みの宿題を回収された。今年は夏休み初日からが地獄だった。何しろ同じ課題のはずなのに、長門とハルヒは二日で終わり、古泉が四日目には課題集にカタを付けていた。朝比奈さんは三年生ということもあり課題はなかったのだが、進学のためという名目でオープンキャンパスへ数回見学へ行っていた。ああ、何故かハルヒもついて行ってたな。ちなみに俺が終わったのは八月に入ってからだったから、実に夏休みの前半三分の一を宿題に充てたことになる。我ながらこれほど真面目に勉強したのはいつ以来だろう、たぶん中三以来かな。などということを思いつつ、体育館で終わらない校長の話を聞き流して、本日の行事は終了した。


 阪中がハルヒに話しかけたため、俺は先に教室に戻った。そして目に入ったのは、俺の前の席の上に座る女子生徒の姿だった。『席に座った』ではない。『席の上に座って』いた。両足をクロスさせて。自席に座ると目の前が絶対領域だ。


「席に座りたいんだが。それとも俺に何か用か」


 あくまで紳士である俺は、席に座る前に彼女に話しかけた。天井を仰いでいた女子生徒はぐるんと首を回した。大きな瞳。整った顔立ち。明るい色の髪留め。床につかんばかりの長髪。にっこりと笑うとそれだけで世の男を虜にしそうな女子生徒、つまり今日からこのクラスにやってきた転校生は、しかして俺の席を指し示した。


「いい席だね。目立ちすぎず、絶妙なポジショニングだ」


 はぁ、と俺は生返事を返す。初対面で席を褒められたところで他にどうすりゃいい。よ、とその転校生は机から飛び降り、俺の周りをぐるっと回ってハルヒの席に着席した。


「初めまして。君が噂のキョン君なんだろ?会うのを楽しみにしてたんだ」


 驚くべきことに、俺はいつの間にやら有名人になっていたらしい。ハルヒの変態行為のそばにいすぎたのだろうか?まさか高校の外にまで俺にとって不名誉な噂が流れているのではあるまいな。


「いやいや、普通に考えてそんなはずないだろう。己惚れ過ぎだよ馬鹿馬鹿しい。ただ、僕の友人が君たちのことをよく知っていただけのことさ」


 特に悪気はないのだろうが、なかなかに人を食ったような返事だった。


「おいおいキョンよぉ。さっそくお前はあれか、また女を口説いているのか」


 誤解を招くようなことを言うな谷口。俺は教室の入り口からへらへら笑いながら近づく野郎をしっしっと手で払う。まあ一応紹介しておくか、こいつは


「谷口君だろう。ちょくちょくキョンと一緒につるんでいる二人組のアレな方の」


 どうやら彼女の友人は驚くほど的確に俺の友人関係を把握しているらしい。確かに国木田と比べるとアレな方だな、こいつは。当の本人は、見ず知らずの美少女が自分のことを知っていたことに感激のあまり気づいていないようだが幸せそうなので放っておこう。


「よく知ってますね!俺とキョンは昔からの親友で」


「いやいや、それは初耳だな。聞いた話じゃ悪友だったか何だったか。赤点のダブルスコア記録保持者だっけ?」


 …マジでこいつの友人とやらは誰だ?いらんことばかり知っていそうな奴だ。


「さあ、誰だろうね。当ててみてごらんよ。次に話すときまでの宿題だ」


 そういって彼女はあっさりと自分の席に戻っていった。そして彼女が自分の席に座るとほぼ同時に、ハルヒが教室に戻ってきた。


「こら谷口。さっさとのきなさいよ、あたしが座れないじゃない」


 へーへーと谷口が退散し、ハルヒががたっと音を立てて椅子に座った。しかし、「んん?」と少し顔をしかめてスンスンと何かを嗅ぐ素振りを見せた。


「ねえキョン。谷口の他に、ここに誰かいた?」


 犬か何かなのだろうかこいつは。気づかなかったが、もしかしたら女子にしかわからない程度に香水の残り香でもあるのか?俺の沈黙をどうとったのか、ハルヒはフンと鼻を鳴らして窓の外を向いてしまった。

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