第3話 盗賊 ケント
手下の放った矢は見事に行商人ビットを射抜いていた。
威嚇のために放った矢であったが、当たり所が悪く、ビットはほぼ即死だった。
ビットには言いたいことや聞きたいことがあったのだが、残念ながらそれができなくなってしまった。
まあ、言いたかった恨み言は諦めるとしても、お宝の「ヒモ」の在処を聞き出せなかったのは痛い。
「おい、お前、お宝の在処を聞き出す前に殺してどうするんだよ」
「すいやせん、お頭」
「まったく面倒なことになったぜ。仕方がねえ。全員で探せ。お宝は六百万の「ヒモ」だ」
「わかりやした」
手下どもはビットの馬車の中を探し出した。もちろんビットの遺体もである。
俺が盗賊に身を落としてから三年。盗賊という職が向いていたのだろうか。あっという間に小規模であるが盗賊団の頭にのし上がっていた。
元々俺は冒険者であった。幼馴染のマリーと二人でダンジョンの探索で生活費を稼いでいた。
最初の頃は怪我をして痛い目をみたこともあったが、それから後は安全第一で堅実に探索を行ってきた。
おかげで、冒険者ランクも「D」にあがり、そこそこの暮らしができていた。
そう、そこそこの暮らしである。
安全第一では「D」ランク以上には上がれず、そこそこの暮らししかできなかった。
俺もマリーもそれに我慢できなくなっていた。
今まで以上の暮らしを送るには、二人だけではどんなに頑張っても限界であった。
そこで、俺たちは仕方なく「C」ランクのパーティに加入することにした。
それが間違いだった。
最初の内はうまくやっていけると思った。リーダーの男も親切で優しかった。
しかし、その優しさがマリーだけに向けられていると気付いた時には既に遅かった。
俺はマリーを寝取られてしまっていた。
その後は転がるように転落していった。
パーティは力不足だと首になり。
ギルドでは彼女を寝取られたと噂され、居た堪れずに冒険者もやめることになった。
村に帰るにも、メリーのことを聞かれたら何と答えていいか分からず、それもできなかった。
結局、俺は盗賊に身を落とすことになった。
「お頭、隈なく探しましたがお宝は見つかりませんでした」
「そんな筈はない。そいつが六百万で「ヒモ」を売るという情報は掴んでいるんだ。必ずどこかにあるはずだ。
だが、このままここにいるのもまずいな。馬車ごとアジトにもっていくぞ」
俺は、ビットの荷物を馬車ごと強奪し、アジトまで運んだ。
そこで再び隅から隅まで探したが、お宝の「ヒモ」は見つけることができなかった。
「くそッ」
俺は思わず馬車の中にあったロープを蹴とばした。
大体ビットが俺達から「ヒモ」を六百万で買い取っていれば、俺もマリーも今の様にはなっていなかったはずだ。六百万の「ヒモ」を三十五万で買い取るなど詐欺もいいところだ。
それに、今からでも六百万あればマリーを買い戻せるのに。
パーティのリーダーに寝取られたマリーは、一年と経たずして、そのリーダに飽きられ、騙されて娼館に売られてしまった。
それを知った俺は、マリーを身請けしに行ったが、今の盗賊団の稼ぎではまだ足りなかった。
あと六百万あればどうにかなるだろうに。
「くそッ」
俺は再びロープを蹴とばした。
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行商人のビットを襲った盗賊団を率いていたのは、なんと俺をダンジョンの宝箱から見つけたケントだった。
なぜケントが盗賊団を率いているのか謎だが、俺が売られてからいろいろあったのだろう。あれだけ仲が良かったマリーの姿も確認できない。
ケントは、どこからかビットが俺を六百万で売る話を聞きつけてきたのだろう。
手下に命じて頻りに「ヒモ」を探している。「ロープ」の状態の俺が目の前にあるのにだ。
ケントは俺が「ロープ」の状態になれることを知らないのだろう。
なまじ「ヒモ」の状態を知っている物だから、全く俺に気付かない。
盗賊団は、ビットの荷物を馬車ごと強奪し、アジトまで運んだ。当然、荷台には俺が乗ったままだ。
アジトに着くとケント達は再び馬車の中を探し始めた。
しかし、「ヒモ」を見つけることは出来なかった。
ケントは「くそッ」と言いながら俺を二回蹴って馬車を出て行った。
「頭、どうしやすか」
「仕方がねえ。価値がありそうなものはアジトに運び込め」
「わかりやした」
ビットが売る筈だった商品が手下たちによって運ばれていく。俺はなぜか馬車の荷台に残されたままだ。
「おい、そのロープは、明日、攫ってきた娘達を売りに行く時に使うから、そのままでいいぞ」
どうやら、そういうことらしい。俺はそのまま荷台に置き去りにされた。自分で動くことができれば逃げ出すチャンスなのだが。命令がなければ、自分一人では動くこともできない。
しかし、人身売買もしているとは、とんでもない奴らだな。ケントも随分落ちたものである。
翌朝、盗賊は俺を使って娘達を拘束して馬車に乗せた。これから取引場所まで運んで、奴隷商と闇取引をして引き渡されるようだ。
俺の頭の中には、『拘束Lv.1を覚えました』と聞こえてきた。
まあ、女を拘束できるのは悪くない。俺はそんなことを考えていた。
俺は、昨日まで商人ビットのものだった馬車で盗賊のアジトを出発した。といっても、ロープである俺は、攫われた娘三人を数珠繋ぎに縛った状態であるが。
盗賊は俺が目的の六百万になるお宝だとは気付いていない。
だから俺は正体がバレないように静かにしている。
娘達には、気の毒だと思うが、俺は娘達を助けようとは思わない。何故なら、荷ヒモとしてこき使われるよりは、女を縛っている方が気分がいいからだ。それに、俺は、自分の意思で動くことはできない、俺にできることは何もないのだ。
このまま俺の正体がバレなければよいが。
いや、待て。
むしろ正体がバレて、六百万で売られていった方が優雅な生活を送れるかもしれない。六百万もするお宝だ、ぞんざいには扱われないだろう。
俺は慌てて、自分がお宝だと自己主張しようとするが。どのみち俺は命令されなければ、自分では動くことができない。つまり、俺がどう考えようとも、なるようにしかならないのだ。全て天任せである。
せめて自分の意思で動ければと思うのだが、俺に命令できるのは、俺の所有者だけだ。昨日までは商人のビットであったが、盗賊に殺されてしまった。
この場合、俺の所有者は盗賊になるのだろうか。
盗賊は俺がマジックロープだとは知らないため、命令をしてこない。そのため、確認のしようがない。
だが、考えると、拘束Lv.1を覚えた時、盗賊にそのアナウンスが流れた様子がなかった。最初に俺の所有者になったマリーも、そこから買い取ったビットも、頭の中にアナウンスが流れていたようである。
そうなると、所有者は盗賊ではないのか?
(拘束解除)
俺は試しに頭の中で俺自身に命令してみた。
そうしたらどうだろう。娘達の拘束が少しだけ緩んだ。
(やった。少しだけだが自分の意志で動けたぞ)
喜んだものの、それ以上は動くことができなかった。
これは、頑張れば、いずれ自由に動けるようになるのだろうか?なるとしても、自由に動けるようになるまでには、まだ時間がかかりそうだ。
それにしても、拘束が緩くなったのに娘たちは逃げる素振りがない。
見張りもいることから機会を伺っているのだろうか。
いろいろと考えているうちに、奴隷商との取引の場に到着したようだ。馬車が止まり、俺で縛られたままの娘達が馬車から引き摺り出された。
奴隷商と思しき男が、娘達を値踏みしていく。
娘達は三人とも年齢でいえば十五、六歳といったところである。ボロを着ていてみすぼらしいが、着飾ればそこそこの美人となるだろう。
話の様子からすると、娘達は農村の出身で、出稼ぎのために都市に向かう途中、乗っていた馬車が盗賊に襲われ、攫われてしまったようだ。
盗賊と奴隷商の間で取引が成立したようで、娘達は奴隷商の馬車に押し込められた。勿論、俺で縛られたままだ。
俺は盗賊団から奴隷商に引き渡されることになった。しかも、おまけとして。
ケントが「ロープ」の俺が「ヒモ」であると気付いたら、さぞ悔しがることだろう。
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