第2話 行商人 ビット

「前に五十万と言ったじゃないか。それが三十万って、いくらなんでも話が違いすぎるぜ」

「と言われてもね。前と条件が違うからな。前は、そちらのお嬢さんがリボンとして使っていたからその値段だったわけで、その後、血止めのためにあんたの傷口を縛ったのだろう。そのせいで、商品価値が落ちてしまったんだ。

 前の状態なら、高値で買いそうな人のあてがあったんだが、これじゃあ、その人には買ってもらえないだろう。

 こちらも商売なんで、損してまで買い取れないな」


 私は行商人のビット、あちこちを周り、珍しい物を見つけては、それを買い付け、他の街に持って行き、欲しがる金持ちに高値で販売する。そんな商売をしている。


 今も酒場で、若い男女の冒険者と買い取りの交渉をしている最中だ。

 今回、私が目を付けたのは、魔道具の「ヒモ」である。冒険者がダンジョンの宝箱から見つけた物で、冒険者の女の子の髪を飾っていた物だ。


 前回、五十万の価格を提示したが、女の子の方が全く売る気がなかった。

 だが今回は、向こうから売りたいと言ってきた。どうやら、急に金が必要になったようだ。

 こうなれば交渉はこちらが有利だ。


 だからというわけではないが、俺は改めて三十万の価格を提示した。

 これにはそれなりの理由がある。


 最初、私が五十万の値を付けたのは、女の子が髪につけていたリボンの魔道具なら百万でも売れる見込みがあったからだった。そういったコアな商品を欲しがるマニアな顧客に当てがあった。

 しかし、それを男の止血のために使ってしまったため、マニアな顧客にとっては商品価値がなくなってしまったのだ。これが、女の傷を塞ぐために使ったならまだ欲しがる者がいただろうが。


「だけど、傷口を縛ったからこそ、レベルが上がって、長さも前と比べると倍になったんだし。自己再生能力もあるから、新品同然しょ。傷口を縛ったなんてわかんないって。

 だから、前回いった五十万で引き取ってよ」

 男の方では駄目だとみたのか、女の子の方が交渉に口をだしてきた。


「長さが長くなっても意味がないんだよ。女の子が髪にしていた魔道具というところに意味があったのだから。

 それに、君たちが大怪我をして、その止血にそれを使っていたのをギルドに居合わせた冒険者が皆見ていたからね。人の口に戸は立てられない。秘密にしていてもいずればれることになる。

 そうなると、売った私の信用問題になるからね。嘘をついては売れないよ」


「そこをなんとか、あたいたちお金が必要なんよ」

「そう言われてもね。そうだな。三十五万。それで駄目なら他を当たってくれ」

「ケント、どうする」

「仕方がない。それで納得するしかないだろう」

「そうね」

「それじゃあ、三十五万で交渉成立ということで」


 結局、私は三十五万で魔道具の「ヒモ」を手に入れた。


 私は手に入れた「ヒモ」を直ぐに荷ヒモとして利用した。

 この「ヒモ」は使えば、使うほど、いろいろ覚えて、レベルが上がっていき、それに伴って長さも長くなっていくそうだ。

 ならば、冒険者の二人にはああ言ったが、レベルをどんどん上げていき、長くした方が高値で売れるというのもだ。


 荷ヒモとして利用すると、頭の中で『荷造りLv.1を獲得しました』と声がした。早速新しいことを覚えたようだ。そして、レベルも上がって、長さが一メートル程長くなった。

 随分と簡単に長くなるものである。これなら、どんどんレベルを上げて長くすれば、マニアな顧客でなくとも、それなりの価格で売れるようになるだろう。


 私は「ヒモ」に自己再生能力があることをいいことに、普通なら擦り切れるほど「ヒモ」を使い倒した。


 馬車に括り付けて「結着Lv.1」を、煮炊きのため拾い集めた焚き木を纏めて縛ったことにより「結束Lv.1」を、野営中の、野獣除けの罠に使って「罠Lv.1」を獲得していった。


 新しいことを覚えると、それに伴ってレベルも上がっていった。ひとつレベルが上がると、その分長さが一メートル長くなる。そしてLv.6、つまり長さが六メートルになった時、「綯う」を覚えて「ヒモ」から「ロープ」に進化した。

「ロープ」になったことにより、長さは今までの三分の一になってしまったが、もとの「ヒモ」の状態にも戻せるので、利用場面によって使い分けができるようになった。「ヒモ」に戻すと長さは「ロープ」の三倍である元の長さに戻すことができた。


「ロープ」になってからは、今まで以上にできることが増え、いろいろな縛り方を覚えさせ、様々な場面で利用した。お陰でレベルはどんどん上げていった。



「ヒモ」を手に入れてから五年経ち、今ではレベルは、Lv.38、十二メートルを超える長さの「ロープ」になっていた。

 五年という歳月は、長いようで短い、短いようで長い物だった。

 あの時はまだ成人したばかりの青年だったが、既に二十歳を過ぎている。


 基本、馬車で街や村を渡り歩きながらの商売であるが、時には馬車を預け、徒歩で馬車の入れない山奥の村を訪れることもあった。

 そんな時、この「ヒモ」は非常に役立った。

 長さが自由に変更できるので「あの木の枝に巻き付け。そのまま短くなれ」で、「ヒモ」を掴んでいれば、簡単に木の上や崖の上などに移動できた。


 このように「ヒモ」を便利に使いながら行商の旅を続けること五年、気がつけば、このミッサン大陸の国々の半数近くを巡っていた。


 この大陸は大小十二の国からなっていた。


 今いるのが、東の外れの半島にあるガゼル公国。小国ではあるが、東にある大陸との海上貿易で栄える国である。

 そしてこれから向かうのが、西隣の大国であるグローリア王国である。


 グローリア王国の北西にあるのがセドリクト迷宮都市国、この街の近くにはダンジョンがあり、「ヒモ」を手に入れたのはこの街だった。

 セドリクト迷宮都市国は山間地の盆地にあり、名前の通り小さな都市国家である。

 複数のダンジョンがあり、冒険者を中心に栄えた国だ。


 セドリクト迷宮都市国から、南東方向に行くとグローリア王国、南西方向に抜けるとテラノス帝国、北方向にはレパルド神聖国がある。

 そのため、大国である三国が三竦み状態となり独立が保たれている。


 そういえば、「ヒモ」を買い取った、若い冒険者の二人は、今も冒険者を続けているだろうか。死なずに冒険者を続けていれば、今頃はCランクになっていることだろう。


 そして、グローリア王国とテラノス帝国の南にあるのがセフィロニア魔導国。

 規模的には中規模の国であるが、魔法技術に秀でている国である。

 半島の様に南に突き出た領土である。


 ここまでが訪れたことのある国である。この大陸の東半分にあたる。


 大陸の西半分はというと、テラノス帝国の西側には広大な砂漠が広がっており、砂漠のどこかにローレシア精霊国があるといわれている。幻の国とも呼ばれているが、砂漠の真ん中のオアシスにできた国らしい。


 そして、砂漠を超えた先には、西海岸に沿って、五つの小国がある。それらの小国は、どこも亜人達の国であるということだ。

 そこへ行くには、砂漠を抜ける街道はなく、馬車で砂漠を超えていくのは不可能だった。徒歩で砂漠を踏破するか、海を船で行くしかなかった。そのため、交易は専ら海路で行われている。


 私は今、グローリア王国の王都に向かっている。そこで「ヒモ」を六百万で売る契約を取り付けていた。売り先は魔道具のコレクターの貴族だ。


 これでこんな根無草の生活ともおさらばできる。

「ヒモ」を売った金と、今までの貯えを合わせて、かねてから夢見ていた王都に店を構える予定だ。

 しかし、三十五万で買った物を、六百万で売るとは、我ながら阿漕な商売である。自分の店を持ったら、もっと堅実な商売をしようと思う。


 あれこれと夢は膨らむ一方である。このところ馬車を走らせながらも、ずっと浮かれ調子であった。

 そのため、注意が疎かになっていたのだろう。気づいた時には既に盗賊に囲まれていた。


 ==========


 ビットの最期はあっけないものだった。盗賊の放った矢に射抜かれて、当たりどころが悪く、そのまま死んでしまったのだ。


 ビットとは五年間一緒に過ごしてきたが、「ヒモ」である俺からは意思を伝える術もなく、ビットもこちらに意思があるとは露ほども思っていなかっただろうから、道具とそれを使う人という関係を超えることはなかった。

 そのため、ビットが殺されても悲しみも怒りも込み上げてくることはなかった。

 むしろ「よくもまあここまで酷使してくれたな。ざまあねえ」と言った感じだ。

 まあそれよりも、この後俺がどういう扱いを受けるのか、ということの方がよほど心配だった。


 ビットは、俺を貴族に売るつもりであった。そこで、俺がどのように扱われるかは定かではないが、今の生活よりはマシになっただろう。こんな磨り減るように酷使される日常とは、もう直ぐおさらばだと思っていた。

 それが、盗賊に襲われることになるとは、俺はこの後本当にどうなってしまうのだろう。

 先が見えなくなった俺は途方に暮れるのだった。


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