第1話 駆け出し冒険者 マリー

「フフフフフん」

「マリー、ご機嫌だな」

「このリボンのお陰で、今日も髪型が綺麗に決まってるからねぇ」


 あたいたちがこの「ヒモ」をダンジョンの宝箱から見つけてから一月近くが経った。

 いろいろと髪の飾り方を試しているうちに、リボン縛りのレベルはLv.4になっていた。

 今では毎朝、命令一つで髪型がバッチリ決まるようになった。しかも一瞬で、である。

 手馴れたメイドを雇ってもこうはいかないだろう。

 お陰で毎朝ルンルン気分だ。


「それはよかったな。だけどよ、その「ヒモ」、リボンとして使うだけじゃ勿体なくないか」

「ん?どういうこと」

「だってよ、いろいろ使えば、それだけ、いろいろ覚えるわけだろ。それによ、酒場でそれがマジックアイテムだと知って、五十万で譲ってくれって奴がいただろう。

 五十万もするのに使い道がリボンだけじゃさ」

「何よ。あたいが綺麗になるんだから五十万でも安いっしょ」

「はー。そうだな」

 同意の言葉を発したが、ケントの態度はとても納得した様子ではなかった。


 あたいとケントは、駆け出しの冒険者だ。

 田舎から二人で出て来てパーティを組んでいる。幼馴染であり、恋人同士だ。

 そんな二人は、「F」から始まる冒険者ランクが、最近「E」になったばかりだ。

「E」ランクになって初めて潜ったダンジョンで、宝箱から「ヒモ」を見つけた。宝箱は、普通は簡単に見つけられる物ではなく、周りからはビギナーズラックと言われている。


 そんなあたいたちにとって五十万の髪飾りは贅沢品だ。

 それはわかっているが、なかなか他のことに使う気にはなれない。まして、売るなんてもってのほかだ。

 この「ヒモ」のお陰で、ギルド内の注目度ランキングで、あたいは赤丸急上昇中だ。

 冒険者なのにいつも髪型が決まっていると『イイぞ』がどんどん増えているのだ。

 皆んなに注目されて、一目置かれる状態はなかなかやめられない。

 ケントとイチャイチャするのとはまた違った喜びがある。


「それに、リボン以外に使ったら汚れるじゃん」

「でも、それ、自己再生能力があるから、汚れたら叩くだけで綺麗になるじゃないか」


 そう、この「ヒモ」には自己再生能力がある。お陰で汚れることはない。確かに、汚れることはないのだが。


「見た目じゃなく、気持ちの問題よ。絞殺に使ったヒモを綺麗だからとリボンにしたくはないっしょ」

「それはそうだがな」

 ケントの返事は歯切れが悪い。

「そんなことよりダンジョンに着いたよ。気を引き締めていかないと怪我するから」

「そうだな。じゃあ行くか」


 あたいたちがこのダンジョンに潜り始めて一月足らず、今は慎重に第三層までの探索を行なっている。

 第三層までに出現する魔物は、ゴブリンとスライムだ。あたいたちでも油断しなければ安全に倒せるレベルの魔物である。

 ダンジョンの中では魔物を倒すと、死体は光の粒になって消える。代わりにドロップアイテムが現れる。それらを集めてギルドなりで換金することなる。

 偶に、宝箱を見つけることがある。この中には高価なアイテムが入っていることが多い。

「ヒモ」が入っていたのもこの宝箱だ。


「しかし、なかなか二つ目の宝箱が見つからないな」

「そうね。最初の日に宝箱を見つけられたから、もっと簡単に見つかる物だと思っていたけど、考えが甘かったわ」

「どうする。第四階層まで行ってみるか」

「そうね。少し危険度が上がるけどそれがいいかもねぇ」

「よし、じゃあ第四階層を目指すぞ」


 あたいたちは宝箱を求めて、第四階層まで降りていった。

 第四階層も出てくる魔物はゴブリンとスライムだった。だが、ゴブリンは棍棒でなく、剣を使うゴブリンナイトも現れるようになった。


「くそう。倒せなくはないが、攻撃をもらうことが多くなったな」

「大丈夫?やっぱり戻った方がよくない」

「まだ大丈夫だ。もう少し先に行こう」


 この判断が間違いだった。この先であたいたちは三匹のゴブリンナイトと出会してしまい、なんとか撃退するも、ケントが腕を深く斬られてしまった。

 ケントの腕からは血が流れ出ている。


「グッ。シックた」

「ケント、早くポーションを」

「でもよ。これ一本三万もするんだぜ。稼ぎ三日分だぞ」

「そんなこと言ってる場合じゃないっしょ。このままじゃ出血多量で死ぬよ」

「仕方ねえ」

 ケントがポーションを傷口に掛けると、みるみる内に傷が塞がり、出血も止まった。

 あたいはほっとしたが、ここで気を抜いている場合ではない。


「傷は塞がったみたいだし、さあ、早く引き上げるよ」

「そうだな」

 あたいたちは出口に向かったのであるが、間が悪い時はあるものである。そこで再びゴブリンナイトに出会した。

 今度は二匹であったが、怪我が治ったばかりのケントの動きが悪い。

 なんとか撃退するも、ケントが再び傷を負ってしまった。


「どうしよう。もうポーションないよ」

「慌てるな、これぐらいの傷なら何かで縛って血止めすればどうにかなる」

「何かで縛ると言ってもそんなに都合の良い物は・・・。そうだ、リボン」

 あたいは頭からリボンにしていた「ヒモ」を解くと、ケントの腕にきつく結んだ。


『医療行為Lv.1を獲得しました』『レベルがLv.2に上がりましました』

 おお、こんな時だけど、新しいことを覚えて、全体のレベルも「Lv.2」に上がった。

『長さの調整が可能になりました。最大長二メートル』

 レベルが上がって長さを自由に変えられるようになったようだ。最大長二メートルは、今の二倍だ。


 いきなり長さが長くなって驚いたが、直ぐに元の長さになるように命令した。

 既にケントの腕を縛った状態で長くなっても、余りヒモが邪魔なだけである。


 その後、あたいたちは何とかダンジョンを脱出し、街まで戻ることができた。


 そして、あたいたちを待っていたのは厳しい現実だった。

 まずは、ケントの傷の治療費。それに、使ってしまった分のポーションの補充。今回の反省を踏まえ、二人で二本づつ持つことにした。

 ポーションだけでも十二万だ。とても今までの貯えだけでは間に合わなかった。


 仕方なくあたいたちは「ヒモ」を売ることにした。

 以前、酒場で五十万で買いたいと言った男に話を持って行ったところ、血止めに使ったのを理由に三十万に値切られた。

 あたいはレベルが上がって長さが長くなったから、値下げは勘弁して欲しいと訴えたが、男は納得しなかった。

 それでも何とか交渉し、三十五万で売ることができた。


 せっかく手に入れた魔道具であったが、僅か一月で手放す羽目になってしまった。

 これも、慎重さに欠けたせいである。早く次の宝箱を見つけたいと焦ったせいだ。

 宝箱を見つけなくても、日々の生活に困らない程度の稼ぎはあったのに。

 焦る必要は全くなかったんだ。


 これからは地道に安全第一でやっていこう。

 注目度ランキングには入れないだろうが、ケントと二人でやっていければ、それで十分幸せだ。


「ヒモ」よ、一月の間だけだったが、あたいを飾ってくれてありがとう。そして、さようなら。


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 俺を宝箱から見つけたのは、ケントとマリーという駆け出しの冒険者だった。

 ヤンキーとギャルの冒険者である二人に、最初はどのように扱われるか心配していたが、この一か月、マリーが髪を縛るのに使われるだけだった。

 相手がギャルとはいえ、女の子の髪を飾る生活も捨てたものではなかった。


 このまま優雅な生活を送りたいものだと考えていたが、世の中そうはうまくいかないようだ。

 ケントが怪我をして俺はお金を得るために売られることになった。


 冒険者というのは、宝箱など一獲千金を狙えるが、危険と隣り合わせの仕事らしい。

 怪我をした場合、ポーションで治せるが、そのポーションが高額であるため、怪我をしないように十分な安全マージンを取ることが大切になる。

 そうしないと、結局はケントとマリーの様にお金に困ることになるのだ。


 俺は、以前にケントとマリーに声を掛けてきた行商人の男に、三十五万で売られることになった。

 この三十五万が高いのか安いのか俺には判断できない。


 そんなことより、これからこの男は俺をどう使うつもりなのかの方が問題だ。

 ケントとマリーはその三十五万で何とか今後もやっていけるだろうが、それは俺を売った金だ。俺にも恩恵があってしかるべきだと思う。少しは俺によこしやがれ。


 まあ、金をもらっても使いようがないのだが、できることなら、また、優雅な生活を送りたいものだ。


 自分の意思で動けない俺は、そう、願わずにはいられなかった。


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