1(7)そうだ、ビーチバレーしよう!

 砂浜に立てられたビーチバレー用のネットの前に、紅茶館とティールーム関係者たちはぞろぞろとやってきた。


「いきなりこんなに本格的なのは、ちょっと……。砂浜に足を取られて上手く走ったりジャンプしたりとかも出来なさそうだし」


 なぎが苦笑いになるが、双子たちは「人数いなきゃ出来ないんだから」とはしゃいでいる。

 弥月はお構いなしにコートらしき周囲を走り、ネットの前でジャンプしてみせる。


「だいたいわかった!」


 ひーっ! 運動神経・体力バケモノ!


 弥月とは違うチームにはなりたくないと思うなぎだった。


「バレーボールのように役割とかは決めなくて大丈夫です。普通は2対2ですが、ありすちゃんやキャンディくんみたいに小さい子もいますし、全員を半分に分けてもいいでしょう。ですが、男女上手く分けるとなると、大人の僕や紫庵さん、リゼさんは固まらない方がいいですし——」


「めんどくさいから、やりながらメンバー入れ替わったりしてもいいんじゃね?」


 海音の話を弥月が遮ると、双子たちも「そうしよう!」と捲し立てた。


「まあ、敵味方は関係なく楽しもうよ」


 紫庵もにっこり賛同している。


「ビニール製のビーチボールでもいいんですが、風に影響されてしまうので、こちらを使いましょうか」


 海音が取り出したのは、通常のバレーボールだった。


 なぎはレシーブのように手を組んで、ボールを軽く打ち上げてみた。


「お上手ですよ、なぎさん!」


 海音が笑顔で手を叩く。


「じゃあ、なんとなくチームに別れてみましょうか」


 海音が言うと、皆ぞろぞろと動き出す。


「あのー、皆さん、同じコートではゲームになりませんけど」


 再びぞろぞろと歩き出す。


「あ、みーくんは、こっち側にいてね」


 抜け目なく、なぎは弥月の腕を掴んでにっこり笑った。

 紫庵とリゼ、セイラとアクアは正面のコートに歩いて行く。


「よろしく〜」


 紫庵がにっこりと双子に手を振り、リゼも「よろしくお願いします」と会釈をした。


 「よろしくね〜」と、巻き髪ツインテールのアクアが笑顔で二人に手を振り返し、ストレートヘアのツインテールのセイラが、ボソッと「よろしく」とだけ言った。


 なぎと海音のコートには、弥月、ありす、キャンディが残った。


「よしっ! 同じチームなら攻撃は免れるわ」


 これで安泰とでも言うように、なぎはホクホクとした笑顔になった。


「じゃあ、オレからな!」


 弥月がボールを真上に放り、ジャンプする。


「いきなりジャンプサーブ!?」


 首だけ後ろにチラッと向けたなぎは、つくづく同じチームで良かったと思った。


 その途端、ボールはバチン! と音を立てて、ネットの前に立つなぎの背を直撃した。


「いった〜いっ!」

「ああ、悪りぃ、悪りぃ!」


 いっこうに悪びれた様子もなく、弥月が笑っている。


「大丈夫ですか、なぎさん!」


 海音が、砂に膝をついたなぎを抱え起こし、背を撫でた。


「みーくん、まさかノーコン?」

「いや、そんなはずはないけど、もう一回やらせて」


 真上にボールを放り、ジャンプする。


 もう、ノーコンなら普通にサーブすればいいのに。


 なぎが後ろを気にしていると、弥月の打ったボールは、今度は海音を挟んで隣にいるありすに向かっていった。


「ヤベッ!」

「ありすっ、危ない!」


 ネットをくぐって来たリゼと紫庵がありすの前に立ち塞がり、紫庵がボールを弾き飛ばした。


「ふうっ、危ないところだった!」

「大丈夫ですか、ありす!?」

「うん、大丈夫」


 紫庵が息を吐き、心配するリゼに、ありすはいつもの平淡な調子で答えていた。


「なっ……!? あなたたち、何事ですかっ!?」


 海音が拍子抜けして二人を見る。


 思わずありすの方にダッシュしていく弥月の背を眺めて、キャンディが「アホだな」と肩をすくめる。


 ありすが、リゼの後ろからすっと現れた。


「みー、ジャンプサーブ禁止」

「わ、わかった! ごめんな、ありす!」


 ボールを取ってきた紫庵はコートに戻ると、人差し指でクルクルと回してから、「それじゃあ、適当に行くよ〜」と言うと、持ち直したボールを横投げした。


 ぎゅぅうううん! と、ボールは勢いよくネットの下をくぐり、海音の腹にぶち当たった。


「ううっ!」

「きゃーっ! 湊さん! 大丈夫ですか!?」


 腹を押さえて倒れ込んだ海音を、なぎが抱える。


「もう、紫庵! ドッジボールじゃないのよ! ボールは投げちゃダメだし、ネットの下じゃなくて上を超えないとダメなの!」


「あ、そうなんだ? ルールよくわかんなかったわ。ごめん〜」

「もー、あなたたち、そこからなの!?」


 頭をかきながら、なぎが見ていないところで、紫庵はペロッと舌を出した。

 座り込んだなぎの太ももに、海音は頭を乗せて、うめき声を上げている。


「大丈夫ですか? 湊さん、本当にごめんなさい」


 心配そうに覗き込むなぎを見上げ、海音は力なく笑ってみせる。


「大丈夫です、このまま膝枕で横になっていれば、すぐによくなります」

「わかりました。膝枕で横になっていたらいいんですね?」


 そう言ったのは、なぎではなくリゼだった。


「でも、コートの中では危ないです」


 リゼが海音を横抱き——俗に言う「お姫様抱っこ」をして抱きかかえた。


「へっ? ……なにしてるんです?」


 目を白黒させている海音には構わず、リゼはコートから見えるパラソルに行って座ると、海音の頭を腿の上に載せた。


「これでもうすぐよくなりますね」

「……は、はあ」


 にっこり笑うリゼの顔をまじまじ見上げる海音だが、誰がどこからどう見ても親切心からに見えるのだった。


 ビーチバレーのコートでは、弥月が普通にサーブしてもなぎに当たり、砂に倒れ込んでいる。それを見た紫庵が腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。


「もう、ちっともゲームにならないじゃない」

「全然ネット超えて来ないよ〜」


 セイラとアクアが文句を言い始めている。


「みーくん……! ……もう許さないからねーっ!」


 砂を払いながら、なぎが立ち上がると、キャンディがなぎの砂を払いながら耳打ちした。


「なぎ、ボクに任せて」

「え?」


 転がっているボールをキャンディが拾うと、どことなくボールの周りが光り出したように、なぎには見えた。

 キャンディが肩に触れると、なぎ本人は気が付いていないが、なぎ自身もほのかに光を放っていた。


「ダージリン、お前はなぎとポジションを交代しろ。今度はなぎがサーブする」

「ああ、いいぜ」


 弥月はネット前にありすと並び、その後ろにキャンディ、そして、コートの後ろからなぎがボールを構える。


「で、でも、キャンディ、わたし、サーブもちゃんと出来るかどうか……」

「大丈夫だよ。ボクを信じて」


 十歳ほどの外国人の少年は、にっこり、というかニヤッと笑っていた。


 なぎが片方の手を引いていき、ボールを打った。


 ボールはまっすぐ弧を描き飛んでいく。


「やった! 上手くいったわ!」


 嬉しそうに飛び跳ねたなぎはコートに戻り、ありすの後ろに付いた。


 ボールはネットを越える前に急降下し、弥月の頭に直撃した。


「へっ!?」

「いってぇ〜!」


 弥月が両手で頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「ご、ごめん、みーくん、大丈夫?」


 またもや紫庵が笑っている。


「なぎ、わざと?」

「なっ! そんなわけないでしょ!」


 頭を押さえながらじとっと見る弥月に、ふつふつと、なぎは怒りを覚えていった。


「みーくん、……覚悟っ!」


 なぎはコートの外に立つと、再びボールを打った。


 勢いよく飛んでいったボールは、弥月の後頭部を直撃したかに見えた。

 が、その瞬間、弥月が身をかわす。


 と、ボールもギュンと曲がって当たり、倒れ込んだ弥月の顔は砂浜に埋まった。


 ペッペッと砂を吐いて、顔の砂を払いながら弥月が起き上がる。


「そのボール、なんかおかしいだろ!」

「おかしいのは、あんたの方よっ!」


 今までの恨みとばかりに、なぎがボールを打つ。

 と同時に、弥月がネットをくぐり抜け、相手コートへと走った。


 ボールもネットをくぐり、後を追う。


「逃さないんだからねーっ!」


 弥月に当たって跳ね返ったボールが空中に浮かび、ネットまで走ったなぎが飛び上がり、スパイクを打った。


 弥月目掛けて飛んでいくボールを直前で避けようが、素早く移動しようが打ち返そうが、全て弥月に直撃していた。


 腕組みをしたなぎの冷めた視線が、今度は紫庵をとらえる。


「さて、紫庵。あなたもわたしが困ってる時に、笑ってくれちゃってたわよね?」


「えっと……ど、どうだったかなぁ?」


 ネット手前でボールを放ると、ジャンプしたなぎの手は、スカッとボールを打ち損ねた。


「きゃっ!」


 体勢を崩したなぎだが、転ぶことなく、ふわっと着地出来た。足元が砂が日差しを受けてきらめいたようにも、皆には見えた。


 撃ち損なったはずのボールは勝手にネットを超えて飛んでいき、紫庵に向かっていく。

 瞬間、紫庵の姿は消え、弥月の前に現れると、ボールは弥月に当たった。




「あ、湊さん、大丈夫でしたか?」


 いつの間にか眠っていたのか、目を開いた海音は、リゼの膝から身体を起こした。


「す、すみません! 僕、寝てしまったみたいで!」

「構いませんよ。それほど時間も経っていませんし」


 リゼはにっこりと応えた。


 海音が見回すと、すぐそばでセイラとアクア、ありすがビニールのビーチボールで緩やかにバレーボールをし、和やかに遊んでいる。


「ありすちゃん、上手ぅ!」

「すごい、すごい! もう五〇回以上も続いてるよ!」


 双子とありすは笑顔だった。


 コートでは、なぎ・キャンディチームが、弥月・紫庵チームとビーチバレーを続けていたが、どう見ても、怒り狂ったなぎが打ったボールから弥月と紫庵が逃げ回り、キャンディはただ突っ立ってニヤニヤしているのだった。

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【パラレル編】ありす紅茶館で日常をどうぞ♪ かがみ透 @kagami-toru

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