1(6)そうだ、海で泳ごう!

「ねえ、ただ待ってるのもヒマだから、海で遊ばない?」

「そうだね」


 パラソルの下で手持ち無沙汰だったセイラとアクアは頷き合うと、隣のパラソルにいる三人にも呼びかけた。


「うちら、海入ってくるけど」

「ありすちゃんたちは、危ないからここで待ってる?」


 そう尋ねられて、表情の変わらないありすがキャンディと弥月を見る。


「あたしは、みーがいれば大丈夫だけど、キャンディ、あんたどうする?」

「ボクは泳げないけど大丈夫さ」


「ええっ?」

「……それ、ホントに大丈夫なの?」


 心配そうに、双子がキャンディとありすを交互に見る。


「本人が大丈夫っていうんなら大丈夫なんでしょ」

「うっわ! ありすちゃん、めっちゃクール!」

「ありすのOKが出たなら、なぎにも怒られないだろ。それじゃあ、早速行くか!」


 弥月がサメのフロートを脇に抱え、ありすとキャンディが後に続く。セイラとアクアも浮き輪を持って海に入っていった。


 浮き輪でぱちゃぱちゃ泳ぐゴスロリ水着の双子は、波が来るたびにキャッキャ声を上げて喜んでいる。

 青いサメの上には弥月が先に乗り、ありすとキャンディを引っ張り上げて乗せてみた。


「……そっか、乗っただけじゃ動かないよな」

「当たり前だ、バカ。しかも、コレ、体重制限は大丈夫なのか?」

「あ……」


 キャンディに言われて、サメから降りた弥月がサメのヒレに貼られた注意書きのシールを見る。


「……オレ、結構重いから、このまま三人で乗ってたらヤバかったかも」

「だったら、せいぜいお前が泳いでサメを動かすんだな、ボクたちを乗せたまま。それなら楽しそうだ」


 意地悪な顔つきでキャンディがそう言うと、弥月はポンと手を打った。


「それいいな!」

「ええっ!?」




「ありすちゃん、お待たせ……って、いない」


 パラソルに戻ったなぎとリゼは、買ってきたものをテーブルに置くと、周りを見渡した。


「あ! あそこに……!」


 リゼの指す方を見て、なぎは唖然とした。


 サブサブザブザブッ! と波飛沫なみしぶきを立てながら、異常な速さで左右に移動する2m程の青いサメ!

 その上に、サーモンピンクのワンピースを着たありすが、サイドテールにした金色の長い髪をなびかせ、涼しげな笑顔で乗っている。


 その後ろでは、あわわわと青ざめているキャンディが、振り落とされないよう必死にヒレに掴まっていた。


「なっ! なんなの、あれは!? おばあちゃんから、昔『イルカに乗った少年』て映画があったって聞いたことあるけど、サメに乗った少女!? 違和感アリアリなんだけど!」


「弥月の仕業しわざに違いありません! なぎさんはここで待っていてください!」


 リゼが駆け出し、呼びかけると、サメはその場に止まり、すぐ下から弥月が、ぷかっと顔を出した。


「あ、リゼ」

「弥月、危ないですよ。前はちゃんと見えてたんですか?」


「ゴーグルしてんだから水中でも見えてたよ。ちゃんと人のいないところで遊んでたぜ」

「それは、周りの人たちが避けてくれたに違いありませんよ。巻き込まれたら大事おおごとだと思って」


「だって、スピードあった方が、ありすも楽しかったよな?」

「ありすに同意を求めてもダメです」

「ボクは恐ろしかったぞ!」


 リゼが三人を引き連れて戻ってくるのを、なぎは呆然と見ていた。

 同じく呆然と見ていたアクアとセイラも戻ってきた。


「はい、ありすちゃん、焼きそば」


 パラソルの立ててあるテーブルに、なぎが焼きそばのパックを並べていく。

 プラスチック製の皿とフォークをリゼが取り出し、取り分けると、ありすと隣に座ったキャンディは焼きそばを食べ始めた。


 正面に座った弥月は1パックをぺろっと平らげると、水筒のアイスティーをガブガブ飲んだ。


「うめーっ!」

「みーくんたら、あんなすごい勢いで泳いでたのに、疲れなかったの?」

「別に疲れてないぜ。腹は減ったけどな!」


 紫庵が彼を「運動神経・体力バケモノ」と言っていた意味が、なぎにも理解出来た。


「お、お待たせ」


 よれよれと戻ってきた紫庵と海音は、見るからに疲れた様子だった。


「まったく、『虫除け』とか言っておいて、自分がホイホイ美女に付いてっちゃうなんて」


「だって、彼女たちは一応お客さんでもあるんだから、あまり素っ気なくするのも悪いかなーって」


「なによそれ? 紫庵てば、ホストじゃないんだから」


 紫庵のセリフに同意してうんうん頷いていた海音も、なぎのセリフには真顔になり、ビクッと肩を震わせた。


「リゼさんははっきり断ってたわよ」

「ええっ! リゼ、どうやって断ったの!?」

「え、普通に『今日はオフだから』って言っただけです」

「そっか! そう言えばいいんだなっ!」


 断り方わかんないのかしら?

 ……ってことは、下心があってもなくても美女には付いていっちゃう……?


 なぎは呆れて横目になった。


「しかも、肩組んで歩いてても声かけてくるんだね? わたし程度じゃ紫庵の虫除けにはならないってことだよね?」


 なぎの目がますます呆れていくが、紫庵の方はニヤッとなった。


「あれ〜? なぎちゃん、もしかして妬いてる? 怒った顔もかわいいね♡」


「誰が! 怒ってないし、そうやって誤魔化さないの! 虫除けにならなくてどうもすみませんね、って、勝手にわたしがイジケてるだけよ」


「ああ、外国人は付き合ってなくても男が女性の肩抱いて歩くのは普通だから」


「……そうなの?」


「西洋だけじゃなくてアジアだってそうだよ、距離感あるのは日本くらいで。だから、なぎちゃんに虫除けの威力がないわけじゃないから安心して」


 にこにことそう言う紫庵に、首を傾げてから「いや、でも現に紫庵拉致されてたし」と言いながら、なぎは焼きそばを頬張った。


「食べ終わったら何して遊ぶ?」

「人数いるからビーチバレーとか」


 たこ焼きを食べながら、セイラとアクアが話しかける。


「おっ! それ面白そうだな!」


 弥月が身を乗り出した。


「ねっ、いいよね?」

「人数いる時しか出来ないしね」

「だよなっ!」


 三人で盛り上がっている。


「そうよね、せっかく海に来たんだし……って、わたし、ビーチバレーなんてやったことないけど、出来るかしら? バレーボールだって学校の体育の授業で習った程度だし」


「大丈夫、大丈夫!」

「うちらもちゃんとやったことないし」


「弥月くんは?」

「オレたちもやったことないぜ」


「海音くんは、ちょっとやったことあるんだよね?」

「良かったら教えますよ、なぎさん。あ、皆さんにも」


 海音がなぎに微笑む。


「ホントにお遊び感覚でいいなら……やってみてもいいかも。ありすちゃんは?」

「あたしもやってみたい」

「ホントに!?」


 ありすの目が普段よりは輝いているようにも、なぎには見えた。


「やった!」

「やろやろーっ!」


 きゃっきゃ双子が喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る