1(5)そうだ、海に行こう!
「わあー! 海だー!」
「はいはい、やっと着いたわね」
緑とオレンジの柄の海パンとサンダル姿になった弥月が、2
「イルカとかシャチなら可愛いのに、サメにしたのね」
「オレが気に入ったら、ありすもそれがいいって言ってくれたんだぜ」
なぎの予想に反していきなり走り出さなかった弥月は、立ち止まったまま、不思議そうな顔で呟いた。
「……砂浜、白くないんだな」
水着の上にUVカットのパーカーと水着生地の巻きスカートを身に着けたなぎも、貴重品の入ったバッグを手にして見渡した。
「グアムと沖縄は砂浜真っ白で、海の色もクリアで綺麗だったものね。この辺りは、わたしも小さい頃からたまに連れてきてもらってたけど、ずっとこんな感じよ」
「砂浜はねずみ色だし、海水もなんか濁ってるな」
「うん……そうね……。お隣の静岡の海はもっと砂浜白いって友達が言ってたけど……」
はあー……と呆然と口を開けたまま周りを眺めていた弥月だが、「ま、いっか!」と笑顔になったのを見て、なぎも少し笑った。
「あっちでパラソルとサマーベッドとチェアとか借りる手続きするから、まだ遊びに行かないで、一緒にいてね」
既に海水浴客がパラソルやレジャーシートを敷き、砂浜は色とりどりだ。
案内されたところには黄色と白に塗り分けられたパラソルが設置され、白いテーブルの脇には椅子と、ビニール素材で折りたたみ式のサマーベッドがあった。紅茶館組は人数が多いため二つ借り、その隣をティールーム組の三人が借りた。
ティールームの店長も双子も、黒い水着であった。
「水着もゴスロリなの?」
「うん」
「そう」
弥月の不思議そうな顔に、黒いリボンとフリルをあしらったビキニを着たツインテールの双子たちはうなずいてみせた。
双子のうちストレートヘアのセイラは、サーモンピンクのワンピースを着たありすの隣に立つ、白いパーカーと短パンのキャンディに目を留め、「誰?」と尋ねた。
ツインテールの毛先がカールされているアクアも「ありすちゃんのお兄ちゃんか弟?」だとか尋ねている。
「なぎちゃ〜ん、こっちに来て座りなよ〜」
砂浜にレジャーシートを敷いた紫庵が一人座って呼びかけた。
「……そのレジャーシート、一人分じゃない」
「大丈夫だよ、ここが空いてるよ」
にっこりと隣のスペースをポンポンと叩くが、よほど密着しないと座れそうにない。
「何なら、僕の膝に乗ってもいいよ♡」
「結構です」
「そう? ざ〜んねん!」
ニヤニヤ笑う紫庵を呆れた目で見ると、それ以上取り合わずになぎは椅子に荷物を置き、サマーベッドに座るありすの顔に日焼け止めを塗り始めた。
「キャンディも塗ってあげるわ。日焼け用オイルは紫庵とみーくんの?」
「おう!」
なぎからオイルを受け取った弥月が、紫庵の隣にどっかりと座った。
「狭い」
「さっきなぎにはここに座れって言ってたじゃん? 背中にオイル塗ってやるから、オレにも塗って」
紫庵の前に移動し、弥月が背を向けて座った。
「紫庵、髪をアップにしましょうか?」
「ああ、そうだな」
紫外線よけにシースルーパーカーを着たリゼが、紫庵の背の後ろで屈み、慣れた手つきで編み込みをしていく。紫庵の背を覆うほど長い髪を肩の高さほどのポニーテールになるよう結っていった。
「ほら、弥月、塗り終わったぞ」
「サンキュー。じゃあ、お前の方塗ってやるよ」
「ちょっと弥月、今、紫庵の髪を編んでるから前をちょろちょろされるとやりにくいです」
「じゃあ横から塗るか」
「おい、ムラなくきれいにちゃんと塗れよ」
「わかってるよ。トーストとかケーキの型に塗るバターみたいに、ちゃんと塗ってやるぜ」
「何やってんのかしら、三人密集して」
キャンディの顔に日焼け止め乳液を塗り、わいわいしている彼らを見たなぎが吹き出した。
「なんだかんだ三人とも仲良くて可愛いわね」
なぎの首の後ろに乳液を塗るありすも横から顔をのぞかせ、珍しく微笑んでいる。
キャンディは呆れた顔で眺めていた。
「ところで、なぎちゃん、結局どんな水着にしたの?」
髪をアップにした紫庵がウキウキとやってきた。リゼも付いてくるとオイルをバッグにしまい、自分の日焼け止めを塗り始め、ありすもリゼの背に塗って手伝った。
「改めて聞かれると恥ずかしいから。そんなにジロジロ見ないで……」
なぎは恥ずかしそうに少し横を向いてから、パーカーのファスナーを下ろし、巻きスカートの結び目も解いた。
桜より濃いめではあるが淡いピンク色のフリルが胸元と腰を覆う、セパレートの水着が、白い肌を着飾っていた。
「……」
無言で見つめる紫庵、その奥で固まるリゼ、両手を頭の後ろで組んで見ていた弥月——
「な、なにっ? 三人とも黙っちゃって」
「可愛いですよ、なぎさん」
初めにそう言ったのは、隣のパラソルにいた海音だった。
「は、そうですか? あ、ありがとうございます」
にっこり笑う海音に、なぎはぎこちなく会釈をする。
「ケーキのホイップクリームみたいで、うまそうだな!」
わくわくとした表情で、弥月が身を乗り出した。
「やだ、みーくんたら」
「今度そういうケーキ作ってみるか! イチゴとかフランボワーズ使ったら良さそうだな! あの口金使えば……いや、もっとフリルにボリューム持たせるならあっちの口金かな」
恥ずかしそうにしていたなぎも、新たなケーキの発想で頭がいっぱいになる弥月に思わず笑顔になり、自信のなかった水着姿にも少しは気楽になれた思いがした。
なぎの頭の上から足先まで眺めていた紫庵が、口を開いた。
「……まあ、水着売り場で最初に見てたのよりは、ビキニに近づいたんじゃない?」
「わ、わたしにしては頑張ったんだからね。紫庵があんなこと言うから」
「そうだね、なぎちゃんにしては頑張ったね! ここの結んであるのが解けたらと思うと危ういしね」
首の後ろで蝶結びになっている水着のヒモを、ニヤリとして紫庵が指先で軽くつつく。
「ふふふっ、生憎、そこは結び目を縫いつけてあるから、解けないようになってるのよ」
「唯一危うそうなところだったのに残念。はあ、さすがなぎちゃん」
「……なんか呆れてるみたいだけど?」
眉を下げて肩をすくめる紫庵を、上目遣いになぎが見上げた。
「
声をかけた海音になぎが頷いた。
「そうですね。ありすちゃん、何食べたい?」
「焼きそば」
「かき氷とかスイーツじゃなく?」
「うん。焼きそば食べたい。喉が乾いたら持ってきたアイスティー飲めばいいし」
「わかったわ。焼きそば、皆の分も買ってくるわね」
「じゃ、行こっか」
海音と並ぼうとするなぎに、いつの間にか紫庵が付き添い、さりげなく肩を抱いて歩き出した。
「なにしてるのよ?」
「なにって、なぎちゃんに悪い虫が寄ってこないようにしてあげようと思って」
「じゃあ、パーカー着てく」
「いやいやいや! そのままでいいから!」
「なんなの? ちょっと、この手、離してくれる?」
「いやぁ、これが虫除けになってるんだから、外すわけにはいかないなぁ」
「……」
そりゃあ、紫庵みたいな180cm超えの褐色イケメン、しかもスタイル良くて意外に程よい筋肉質の外国人が肩抱いてるコに、わざわざ声かけようなんて無謀な男子はいないだろうけど……。
そもそも、わたしに声かけようなんて男子はいないと思うけど、ビキニだと人を軽く見るような輩もいるかも知れないし。
そう考えると、なぎには、一応守ってもらえてるのかな、と思えなくもなかった。
ご機嫌な紫庵を怪訝そうな顔で見上げながら歩くなぎと、その隣には引きつった笑みを浮かべる海音が並ぶ。
「おーい、リゼも来いよ」
首だけ振り返って呼びかける紫庵の声に、リゼがはっと我に返ったように付いていった。
そういえば、リゼさんだけ、まだ何も言ってくれてない。
浴衣の時は、すんなりと「かわいいですよ」って言ってくれたのに。
やっぱり、あんまり似合ってないのかな。
露出してるのは好きじゃなくて、ワンピースの水着の方が良かったのかな。
チラッと、なぎがそんなことを考えていた時だった。
「Hi! Grey!」
目の前には、なぎと弥月、ありすとでグアムと沖縄に行って帰った時に、店で紫庵とハグしていた金髪美女とその友人らしき白人系の美女たち五人が、いかにも紫庵好みな危ういビキニ姿で手を振っていた。
にっこり紫庵が英語で応えている隙に、なぎはスルッと紫庵の腕から逃れた。
「あっ、なぎちゃん! ちょっとだけ待ってて、後で戻るから!」
美女集団は紫庵の両腕に腕を絡ませ、きゃいきゃい騒いでいた。
「あの人のことは『彼女じゃない。お客さんで友達だ』って、この間は言ってたけど……」
なぎの呟きが聞こえた海音が、なぎを見る。
「そうなんですか? でも、ハーレム状態ですよね?」
「どう見ても、そうですよね。もう、わたしじゃなくて、紫庵がたかられてるじゃないの」
呆れた顔でなぎがそう言うと、海音が目を丸くして紫庵を見送りながら、さりげなくなぎの隣に近づいた。
「妬いてます?」
「え? 誰が?」
「紫庵さんが向こうに行ってしまって、なぎさん、ちょっとさびしそうだから」
「わたしが? いえ、別にそんなことありませんけど」
微笑む海音に、なぎは意外そうな顔になった。
「紫庵さんと付き合ってるのかと」
「え? そんな風に見えます?」
「はい、見えました。リゼさんには敬語でも紫庵さんのことは呼び捨てでタメ口で話されてますし、親しいのかなぁ、って」
言われてみれば、わたしが同世代の男の人を呼び捨てにしてタメ口で話すなんて……。
リゼさんにはだいたい敬語だし……。
なぎの困惑した表情を眺めてから、海音が続けた。
「なぎさんは、付き合ってる人はいるんですか?」
唐突な質問に、なぎは瞬きをして海音を見上げた。
「……付き合ってる人は、いませんけど……?」
「じゃあ、もし、僕が……」
さらっと、風が柔らかく海音の髪を撫でていく。
「あなたに……」
爽やか好青年の黒く輝く瞳が、なぎをとらえた。
「ああ、店長さんじゃない?」
「ホントだ! 『港の見える丘ティールーム』の!」
二〇代前半と思われる日本人女子三人が、突然目の前に群がった。
「キャ〜! こんなところで会えるなんて、すごい偶然!」
「あ、ああ、そうですね〜……」
「黒い海パン、カッコいい!」
「せっかくですし、一緒に写真撮りませんか?」
「撮りましょうよ〜!」
自撮り棒を構える女子たちに腕を引っ張られた海音は、「先に行ってて下さい」とだけやっと言うと、なぎは会釈だけして足を早めた。
「焼きそば屋さん見えてきましたね」
後ろを歩いていたリゼを振り返り、なぎはリゼの隣に並んだ。
「皆の分の焼きそばを買ったら、かき氷屋さんにも寄ってもらっていいですか? わたし、レモン味のが食べたくて」
「はい、いいですよ」
リゼは微笑むが、すぐに視線を真っ直ぐ前に戻した。
……なんだかいつもより素っ気ないような……?
そのまま無言で焼きそば屋の列に並んでいると、「Hi! Rize!」と声をかけた西洋系外国女性が二人、手を挙げた。
また金髪美人? しかも、超スタイルのいい……!
なぎが面食らっている横でリゼもにこやかに手を挙げ、英語で応えた。
ほんの二、三言だけ交わすと、女性たちは手を振って去っていった。
「何かご用があったんじゃないんですか?」
なぎが気遣うように見上げると、リゼは首を横に振った。
「挨拶して、今日はオフで来てるからって言ったら、じゃあまた、って」
「……カノジョさん……とかでは?」
「まさか。あの方たちはお客様で、ご主人もいらっしゃいますし、ぼくにはそんな人はいませんよ」
「そうでしたか」
リゼが笑い、なぎも微笑んだ。
「なぎさん」
微笑んだリゼを、なぎは改めて見上げた。
「水着、似合ってます。綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます」
「あ、あの、水着も綺麗ですが、それを着たなぎさんが綺麗だって、言ったつもりですから」
リゼが慌てたように言い直すと、なぎがくすくす笑った。
「わかりました。ありがとうございます。リゼさんの水着とパーカーもオシャレで似合ってますよ」
「え? あ、どうも」
予想していなかったことを言われ、咄嗟にどう取り繕ったらいいかわからなかったようなリゼを、可笑しそうになぎは見ていた。
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