比嘉音町


 19○○年 10月7日

 観光で○県に訪れていた男性が比嘉音町にある小さな民宿を利用。

 その晩、やけに犬の鳴き声が気になり民宿の裏手にある山へ向かうと、

 夜の闇に紛れて何かが山を徘徊しているのを目撃した。


 男は熊でも出たか、こりゃ危ない――とゆっくりと気付かれないようにその山を後にしようとした。

 しかし。


 ■であった■は■を■■し■を■り■に■け■んだ。


 次の日、男はこの町が大層気に入り、現在就いていた仕事を退職してまでこの町で暮らすことを決意。


 それ以降――。

 この町では奇妙なことが起き始めた。


 19○○年 11月5日

 カラスが消える。由緒ある神社が突然の倒木によって潰れ、神主が死亡。

 同年、忘れ去られていたとある儀式が執り行われる。

 19○6年 4月23日

 比嘉音町の近隣にあるトンネルで女性が行方不明になる。

 19○7年 4月22日

 一年間行方不明になっていた女性が実家へ帰省。

 比嘉音町の男性と結婚。


 20○○年 3月某日

 神隠しから帰還した少女、として一躍有名になった女性が再び行方不明に。

 翌日、倒木によって無くなった神社跡地にて死体で発見される。


 *


 下記のことがこの比嘉音町で起きていたことが警察の取り調べによって発覚する。


 この町には神体に贄を捧げ豊作、健康を願う古い儀式文化があった模様。

 しかし時代の流れの中で廃れ、その文化を知る町の人間も神社の神主と高齢者のみとなっていた。

 だが三十年前からか、突如としてその儀式が復活し、現在に至るまでに約60名もの成人女性が贄として町内会長の男によって殺害され、供物として捧げられていたという。


 しかし。


「警察はそこで捜査を打ち切り、比嘉音町は何事も無かったかのように平穏まっしぐら、と……。鬼の毒素にてられたか、呪術で隠蔽されたか……ともかく並の鬼じゃないことは確かね」


 アーノルドから渡された比嘉音レポートを読み終えたアケミは大きな欠伸をひとつして、電車の席の背もたれに深々と寄りかかった。


「ま……さっさと片付けてあげるわ。うわっ、何よこれ電波届いてないじゃない」


 比嘉音町に着くまではまだ幾何か時間があるので、暇をつぶそうとスマホに手を伸ばしたが、通信圏外の表記がでかでかと表示されており、アケミは落胆の声を漏らした。


「寝よ……」




 電車に揺られること数十分。

 比嘉音町に到着した紅髪の少女・アケミは彼女だけにしか判らない異変に顔を顰めた。


「っわ……、何よこれ」


 鼻を突く死の臭い。

 身体を覆う負の空気。

 決して人の世にあってはならない、カオスがこの町を覆い尽くしていた。


 鬼を形成する負の感情カオスは鬼がこの世界に留まっている限り、際限なく鬼の肉体より放出され、蓄積されていく。


「この濃度、本当に三十年もこの町で生きていたのね。あぁこの臭い髪の毛についたら嫌だなあ……」


 先ずは現状の把握。

 この町は正常に機能していると言っていたが、この濃度のカオスからしてそうとは思えない。何故ならばこの世界の生命はカオスに適応できず、本能でカオスを避けるように遺伝子に組み込まれているのだから。

 そもそも、人が時たま感じる【悪い予感】というのは、カオスを感じた時に発生する本能的な直感であり。その悪い予感を無視した場合、大抵予感どおりに不幸が起こってしまうものなのだ。


 そんな本能に逆らって、人々はこの町で生活している。

 ならば、必ずどこかに齟齬が生じる筈だ。


 例えば人――、コミュニケーションの齟齬。

 例えば物――、それはそうあるべきテンプレートからのズレ。

 例えば空間――、あらゆる要素の歪み。


 だが一見、その齟齬、ズレ、歪みは感じられず。根本の悪意は精巧に隠されていた。


 ――聖魂紋章エンヴレイムであぶり出してもいいけど、なりふり構わずこられたら後処理が面倒だし。やっぱ地道に探していかなきゃダメか……。となると先ずは、いかにも怪しい儀式から調べてみようかしらね。


 アケミは小さな古い駅の階段を降り、整備された道路を小さな歩幅で歩き始めた。

 何処に隠れているかもわからない鬼に警戒されぬよう軽やかな足取りで、あたかも観光にきた旅行好きの少女を装って。

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紅の少女と比嘉音の怪奇 麻婆生姜焼き @ReQu-Ru

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