紅の少女と比嘉音の怪奇
麻婆生姜焼き
P.1
四月の九日、冬が終わり春が訪れたこの山奥を車両が四つ程しかない小さな古い電車が走る。
その三車両目の中央の席に一人の少女がちょこん、と座っていた。
彼女は少し不機嫌そうな表情で頬杖をつき、窓の外の風景を眺めている。
日本では珍しい肩まで伸びた赤い髪が、がたんごとんと列車が揺れる度に小さく揺れる。
大層面倒くさそうな面持ちで彼女がこれから向かう場所は日本の山奥にある人口百人弱の小さな町。
そこは彼女にとって所縁のある場所ではなく、
何か特産品のあるとか、有名な所でもない。
では何故。
知ろうとしなければ知ることもないような小さな町に彼女が向かうことになったのかというと、
それは今から二日前の話――。
◇◇◇
夜。
とあるビルの一室、都会の夜景が一望できる大きなガラス窓。
そこにあるのは黒いデスクとチェア、そしてソファーが一つ、シンプルな部屋だ。
「で? 話って何よ」
黒いチェアに腰掛けている男に向かって、赤髪の少女は言い放つ。
その言葉には若干の苛立ちの感情が乗せられており、優男風の男は苦笑いをしながらソレを受け止める。
「君はいつもいつも、棘があるねぇ。僕一応上司なんですケド……」
「うるさいわね、私今日非番のはずなんだけど。清蓮の野郎が出たっていうなら聞いてあげなくもないけど」
折角の休日を潰されご機嫌斜めの少女に男はまたも苦笑いをしつつ大きなガラス窓にプロジェクターで何かを投影した。
「緊急討伐命令?」
簡易的に作られた仕事の依頼書のようなものが、映る。
「うん。でも討伐対象はただの
「まぁ、ね。もし本当にただの鬼の討伐命令だったなら、腹いせにチリ一つ残らず燃やし尽くしてあげるわ」
「うんう「あんたをね」
「怖っ!」
男は気を取り直して、と小さく咳払いする。
「不思議なことに、その鬼のカオス反応から割り出した潜伏地がとある町なんだ」
「町……?」
「そう、正常に機能している町だ」
「――ふぅん」
紅髪の少女は彼の言葉に興味を示す。
「基本的に鬼があらわれた場所は、
この町に鬼が潜伏していることがわかったのはカオス値を観測してから数秒後だ。鬼がでたらすぐ判る、文明の発展って素晴らしいね」
「数年前まで自力で探してたのが懐かしい、残業代ナシで延々働かされたの今でもおぼえているわ? ねー? あーのるど」
「あ、あはは……まだ覚えてたのねそのハナシ……。
コホン。けれど――カオス値の濃度から計測された鬼の潜伏期間が三十年だったんだ」
「3――?」
「世界に害を為すことしか出来ない鬼が、一つの町で三十年我々に気付かれることなく過ごしていたんだ、君ならこれがどれだけ異例で異常なことかわかるだろう?」
鬼とは。
数千万年に及ぶ世界の運営によって発生し、蓄積された生命の負の感情が意思を獲得し、産み落とされた異形の一種。
世界を敵とし、そこに住まう全てを侵すことを存在意義とする。
故に鬼を感知することは容易であり、滅することも力ある者であれば容易い。
しかしごく稀に例外が発生する――。
「故に。
アケミ・ルシエード、現時刻をもって、君に希少種の緊急討伐を命ずる。
セイントハウンドの誇りと覚悟をもって任務に当たれ――!!」
「ふぁあぁ……ねっむ……。ん? あ、はーい」
「君って本当規律重んじないねぇ!?」
「あーはいはい、もうおわり?」
「…………。ちなみにだけど現地には自分で向かってもらいます」
「……へ?」
「交通費は出すので、電車の」
「……」
「いやね、うちも経営が」
「世界を
いいわ、引き受けてあげる……私以外に適任居なさそうだし」
「ご明察! よろしくぅ!」
「
*
「って興味本位で引き受けたはいいけど、調査から討伐まで全部私一人ってばかなの? あほなの? やだもう帰りたい……」
こうして紅髪少女の鬼退治がはじまった。
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