一章

西域係第二班

 ◇福村ふくむら 羽月はづき


 ゴールデンウィーク明け二日目、窓の外を通る工場従業員はどこか気だるげだ。

 その工場の一角を買い取って事務所を建てた「静岡県警察刑事部 魔法少女課 西域係」。そこに所属する警察官たちに長期休暇は無く、連休ボケとは無縁だった。もちろんの警察官、つまり「魔法少女」たちも。

 ただ魔法少女には一般警察官と同じ業務は回ってこない。彼女たちはあくまでも非常時の戦力。その為、当番・非番関係無く自由に過ごす。待機中の「第二班」もまた例に漏れない。


 十四時を指した壁掛け時計の下で、羽月は食い入るように動画を観ている。長いまつ毛の端正な顔を傾け、支給品のスマートフォンを見つめている。白く長い指で髪をかき上げると、イヤホンを付けた小振りな耳が露出した。横顔さえも白百合のようで、漫画本だらけの雑多な間仕切り内でも凛と際立っている。

 羽月が観ているのは、ある人物の活躍を映した動画だ。動画自体は、十年も前の中継映像を繋ぎ合わせて編集された、いわゆる違法動画に分類されるもの。しかし、この人物の動画は削除依頼が極端に少ない。それは、その人物がよほどの好人物という一つの証左でもある。

 

 動画のタイトルは『最初の魔法少女、最初の戦い』。

 かつて東京郊外で起きた大事件に決着を付けた魔法少女。日本中の好奇と敬愛を一身に受けた「最初の魔法少女」を主役に据えた動画だった。


 ――はぁぁ~……この立ち方、表情。何度見てもカッコイイ……。

 羽月の形の良い唇から熱い吐息が漏れ、画面の魔法少女を憧れの眼差しで見つめる。

 しかし、画面の少女が異形いぎょうを真っ二つにしたところで、隣の席から声が掛けられた。


「福村先輩、また鈴木さんの動画っすか? ホントに好きですよね~、先輩」


 イヤホン越しにもしっかり聞こえる声に冷や水を浴びせられ、声の主を羽月は睨む。隣席の後輩相模真鈴さがみまりんが机に筋肉質な腕を乗せて、こちらの画面をのぞき込んでいた。歳の割に飄々ひょうひょうとしているチームのムードメーカーだ。


「真鈴ちゃん、分かってるなら最後まで見させてよ」

「すいません、先輩。でも、それにしても鈴木さん、豪快っすよね~。あんなに何軒も関係無い家、ぶっ壊して。今の時代だったら炎上してボッコボコっすよ」


 羽月が高めの愛らしい声で返すと、向こうは先輩の注意をあっさり聞き流した。それどころか腹立たしい話題に変えてきた。しかも憧れの魔法少女の旧姓を呼んで。

 羽月は声を荒げたくなるのを堪えようとする。自分は大人、相手は未成年。そう言い聞かせ、せめて間違いの訂正と憧憬のイメージを守ろうと後輩へ口を開く。

 

「『最初の魔法少女』はご結婚されて、鈴木は旧姓。今は佐野さん」

「佐野さん。そうっすよね、去年結婚したんすよね」

「あと、家の件は仕方ないよ。一番最初の変身なんだから、加減が分からないのは当然でしょ」

「そうっすよね。教育係とかいないっすもんね。しょうがないっす。……あの、先輩。話変わるんすけど」

「何?」


 真鈴が垂れ眉を少しだけ上げ、改まって聞いてきた。羽月も思わず身構え、話を聞く。


「佐野さんって、どこに左遷させんになったんでしたっけ? 沖縄の、どっか離島っすよね?」


 真面目に聞いた自分が馬鹿だった。昨年成人を迎えた際の抱負として「大人のレディになる」と挙げた羽月がわなわなと震え、ついに吠える。


「左遷じゃないっ、異動! 左遷と異動は別物っ!」

「さーせん」

「ふざけるなあ!」

「今のは結構いいツッコミっすよ」


 羽月が机を乱暴に叩いて怒鳴る。美貌ながらもやや童顔で、しかもかなり高めの声なので迫力は無い。真鈴も本気で怒られているとは感じていないようだ。それがますます腹立たしい。

 たまには本格的に説教をしてやろうと息を大きく吸ったが、間仕切り内のもう一人から声が掛かる。


「うっさい、福村。刑事さんたちの迷惑だろうが」

「……ごめんなさい、彼谷かやさん。皆さんも」

「あと相模。【ブレイド】の佐野は、今は沖縄の石垣島だ。真っ二つになったシーサーがネットニュースになってたぞ」

「勉強になりました。あざーす、リーダー」


 彼谷かや友子ゆうこ。二人の魔法少女をまとめるリーダー役で、本人も魔法少女だ。

 先ほどから黙って彼女はジグソーパズルを組み上げていたが、羽月のただでさえ甲高い声が大声に変わると、とうとう注意してきた。

 立ち上がって、羽月は間仕切りの向こうの警察官達に頭を下げた。その後、羽月は生意気で調子のいい後輩を一睨みする。

 しかし、やがて大きくため息をつき、スマートフォンを仕舞うと、タブレット端末で読み掛けの電子書籍を開く。昨年映画化した、高校生のバドミントン部員を主人公にした青春小説だった。

 私がこの役を演じるはずだったのに――。

 女優、いや魔法少女となった今では女優の福村羽月は唇を噛み、回数を覚えていないほど読み込んだ小説をスワイプさせた。


 ~~~~~~~~


 十年前に「異形」が突如出現し、多くの人命を奪った。同時に「魔法少女」も現れ、警察官の銃器と格闘でも対応できなかった異形を一撃で仕留めた。時の人となる「最初の魔法少女」はそのまま行方をくらませた。

 謎の異形による事件は終息するかに思われたが、なんとその後も異形は現れたのだ。兵庫県内、北海道内、福岡県内と広域に多発的に。

 しかし、新たな異形の出現にまるで呼応するかのように、二人目、三人目、四人目と、魔法少女が姿を見せた。そして異形を撃破したのだ。

 

 魔法少女たちの活躍と、二機の自衛隊ヘリの撃墜。

 自衛隊ヘリが自らの機銃とミサイルを自らに受けて墜落していく映像が流れた事で、国民に広く知れ渡ったことがある。

 ――異形に銃火器も爆弾も通じない。奴らと戦えるのは魔法少女だけだ、と。


 四十七都道府県全てに異形が出現し、たった一年で三千人に迫る犠牲者が出た。その渦中で国民が待ち望み、参議院を全会一致で通過した法案がある。

 『魔法少女管理法』。

 それは、異形に唯一対抗できる絶対戦力たる魔法少女を国の管理下に置く法律。

 それは、学生の魔法少女を無期限の休学にし、社会人の魔性少女を勤め先から強制的に退職させる法律。

 そしてそれは、副業を禁じ、魔法少女にただ異形と戦う義務だけを負わせる法律。

 人権に篤い日本国憲法に真っ向から逆らう、現代の「徴兵」。

 それが魔法少女管理法だった。



 静岡県西部を管轄とする「西域係第二班」も、魔法少女管理法によって生活を変えられた女性たちの集まりだ。


 魔法少女【ランプ】こと探索担当兼まとめ役の彼谷友子は、徳島県内の会社を辞めさせられ、以後全国の魔法少女課を転々とさせられた。

 魔法少女【ハンマー】こと近接格闘担当の福村羽月は、子役時代から築き上げてきた長い女優キャリアを捨てさせられた。

 魔法少女【スモーク】こと妨害担当の相模真鈴は、苦労して入学した高校をたった一カ月間で休学にさせられた。


 ~~~~~~~~


 昔を想いながら羽月が小説を読み進めていると、また隣から覗き込まれている。真鈴のすっぴんの頬を軽く押し、嫌そうに睨んだ。


「真鈴ちゃん、今度は何?」

「いやあ、先輩、よくそんなに長い時間活字読めるっすよね? 魔法は脳筋のーきん型なのに、すごいっす」


 元女優の知名度と見目麗しさをもって、静岡県警はおろか警察庁のポスターに採用されている羽月の頬が引きつる。


「それ、褒めてる? バカにしてる?」

「半々っす」

「お前ーー!」


 後輩に怒声を上げた途端、額に小さな何かが飛んできた。「はうっ!」と悲鳴を上げてぶつかった物を探すと、机の上には青いジグソーパズルが転がっていた。

 リーダーの友子が投げた物だ。風景写真のパズルで空の箇所で行き詰っていた彼女が、怒りを込めて投げてきたのだ。


「うっさい、バカ女優!」

「ごめんなさい~」


 ベテラン魔法少女の友子は頼りになる大人だが、怒らせると非常に怖い。この二年間で骨身に染みている羽月は素直に謝った。


「まあまあ、リーダー。バカ女優はあんまりっすよ」

「真鈴ちゃん……」


 珍しく真鈴がフォローに回った。元を正せば誰のせいだ、と思うところはあるが、肩を持ってくれた後輩に感謝する。だが…。


「バカ女優じゃなくて、女優バカっすよ」


 上げてから落とされる。羽月は反論する気力も失った。自分は真鈴の教育係だったはず。一年弱一緒に戦ってきたが、後輩からは敬意よりもそれを倍する親しみを持たれてしまっている。

 十五時四十五分。あと十五分で勤務が終わる。今日も、後輩からは笑い者にされ、先輩からは怒られた。威厳のある人間になりたい、と思いながら、次の当番の第三班を待つ――。


 しかし、反省も願望も置き去りに、不快な警報音が室内に鳴り響く。同時に赤いランプも点滅し始める。

 どちらも管轄内への異形の出現を伝えるものだった。

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『公僕魔法少女』 魔法少女は国民の狗となった……。 大鳥居まう @OhtoriiMau

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