『公僕魔法少女』 魔法少女は国民の狗となった……。
大鳥居まう
プロローグ
最初の魔法少女
東京二十三区から外れた住宅地で十度目の爆発が起こる。夜半の空気へ衝撃波が伝わると、庭先の春の花を散らす。エンジンが掛かりっぱなしのパトカーから炎が吹き上がると、民家の窓ガラスが橙色に煌めいていく。
パトカーのボンネットに腕を振り下ろした
黒い
異形が再び歩き始めると、周囲の機動隊員たちが一斉に拳銃を向ける。
とっくに、それこそ三時間も前に銃器の発砲許可は下りている。機動隊員の輪の外に控える特殊部隊隊員も自動小銃を構えている。しかし、誰も引き金を引けない。がっちりと肩幅の広い男たちが、異形を取り囲んだまま、異形の歩きに合わせて移動するだけ。
この
「うああああ!」
この緊張状態に恐慌を覚えた若い機動隊員が、耐えきれず咆哮の後に発砲した。銃弾は異形の左の太ももへ迫り――消えた。銃弾が消えて一秒後、ヘルメットと頭蓋骨を貫通した銃弾が隊員の脳髄を掻き回す。
「うべ」
短い悲鳴だけ上げて、その隊員は息絶えた。
「――田井、後藤! 鈴野を連れて一旦離脱しろ!」
隊長が歯を食いしばって指示を出し、従った隊員二名が死んだ隊員の腕を掴んで下がっていく。
――異形へ撃った弾丸は消える――
それで異形の損傷が無いだけならばまだいい。厄介なことに消えた弾丸は、発砲者の脳天へ、まるでワープするかのように現れ、運動エネルギーをそのままに頭に突き刺さる。
異形の能力と思しきこの現象の為に、すでに機動隊員は六名、特殊部隊隊員は三名が犠牲となっていた。
しかも、異形の力は弾が効かないだけではない。
「ぎゃああっ!」
煩わしくなったのか、異形が腕を振るって大盾を構えた機動隊員を殴る。悲鳴を上げて吹き飛ばされた隊員は、背後のブロック塀に背中から叩きつけられ、血を吐いて動かなくなった。
「何をするっ!」
さらにもう一人の隊員は盾を掴まれた。みるみる軽金属の盾が、泥を固めたような板に変わり、やがて砂となって彼の足元に崩れ落ちていった。
しかもそれで終わらず、異形はその彼の腕を掴む。
「う、があぁああ! あぁあああ! 助けてえ!」
隊員の腕も泥に変わっていく。腕から肩へ、胸と頭へ、やがて全身が泥になる。そして間もなく彼は全身が砂となって崩れていった。
「この野郎!」
およそ人の死とは思えない光景だった。怒りと憎しみに肩を震わせた特殊部隊の一人が、異形の靄に自動小銃を突きつける。
至近距離からの連射。人間に同じことを行えば、当てられた部位はひき肉と化す。しかし、ひき肉になったのは発砲者の頭蓋だった。
死んだ隊員たち同様、残った隊員たちも果敢だった。
銃が効かないならばと、特殊警棒を異形の頭へ投げつける。別の者は、同じく頭へ特殊警棒を直接殴りつける。
だが、まるで岩に当たったような音が響いただけで、異形の歩みは止まらない。
警棒が効かないならば、もっと重い物で殴る。そう思った隊員二名が、ブロック塀の瓦礫と、消火器を担いで殴り掛かる。
当たった瞬間にブロックは砕け、消火器は石頭に跳ね返された。そして消火器で殴った隊員は肩を掴まれ、砂と化して死んでいった。
一人、また一人と死んでいく。辺りには、頭を弾丸で砕かれた死体と、血も骨すらも残らない砂の山が数を増やしていった。
絶望的な状況の前で、やがて隊員たちの攻撃の手も止まり始める。
――奴を止める手段が無い。それなら、自分が踏みとどまる必要があるのか?
そう感じた隊員が一人、二人と戦列を離れていった。隊が瓦解するのはそう時間が掛からなかった。
~~~~~~~~
異形――未知の能力はおろか正体さえ分からない相手に、警察庁及び警視庁の幹部たちが詰める会議室は
何台ものディスプレイには、警視庁のヘリコプターからの映像や、各テレビ局のニュース映像が映し出されている。しかし、どれも上空から遠巻きに火災の映像が映っているだけで、詳細は映像から伝わってこない。上ってくる情報は、電話越しに伝えられるものだけだ。
少ない情報で、警察の首脳陣も異形にどう対処すればよいのか明確な案が出ない。
「銃弾が効かないなんて馬鹿な話があるのか? 当たっていないだけだろう?」
「そんなわけないでしょう! 自動小銃も使っているんですよ! あなたが撃っているのならまだしも」
「なんだと!」
同じ階級の二名が歯を剥き出しにして睨み合った。
他方でもあわや喧嘩という言い争いが起きつつある。
「麻酔銃は試したんですか? ヒグマでも眠る量の麻酔は?」
「だからそれは初期に試したという話だろうが! 眠っているのは君の脳みそか!」
「そんな言い方無いでしょう! あなたと話していると議論が滞る!」
室内は一層ピリピリとし、渉外担当者が官邸へ数度目の電話を掛ける。
自衛隊への協力要請も、官邸を通すことになると一気に尻すぼみになっている。
「ですから! 機関銃やミサイルを試せと言っているのではありません! 対人用の手りゅう弾を、と言っているのです!」
『あなたね、住宅地で、しかも都内でそんな物使えるわけないでしょう。これは、自衛隊ではなく、警察の管轄です。自動小銃を撃っていることすら、頭が痛い事態なのですよ? そもそも――』
「失礼!」
電話を切る挨拶もせず、担当者が受話器を叩きつけた。
画面に映るニュース番組でも、各キャスターたちが錯綜した情報を基にした意見を視聴者に発している。警察広報から満足な情報が降りてこない為だ。
『視聴者からの情報ですと、テロリストとの銃撃戦になっているとのことですが、真偽は不明です。近隣の住民の方は、決して出歩かず、自宅や勤務先に留まってください』
『これほど時間が経つのに鎮圧できていないということは――やはり警察から発砲許可が下りていないのではないでしょうか? 住宅地ですから、流れ弾による被害を恐れているのでしょうか?』
『本日午前に起きた、神奈川県内の市役所爆破予告との関係はあるのでしょうか?』
てんで見当違いのニュースキャスターに誰かが舌打ちをし、「会議の邪魔だから切れ」と命じた。
頼りの無い現場、及び腰の官邸、いい加減なマスコミ。それら全てが事態収拾を遠のけている要因と言わんばかりに、誰かが机の脚を思い切り蹴飛ばす。
そこへ機動隊と特殊部隊が敵前逃亡をしたという未確認情報が入ると、あちこちから罵声が飛んだ。
~~~~~~~~
隊員たちの瓦解を機に、異形が隣の民家の屋根に飛び乗った。重量を感じさせない静かな着地だ。
異形が辺りを見回す。逃げ出す隊員たちには、もはや目もくれない。そこで何かに気付いたように上空を見上げた。漆黒の春の空には飛行するヘリコプターが何機もいる。
異形の姿に気付いた一機が降下して距離を縮めてきた。警視庁のヘリだ。炎に照らされた異形を強いライトが照らす。各局のヘリも妖しげに靄をたなびかせる異形に気付き、カメラに納めようと競って位置と高度を変え始める。
各ニュース番組で映し出される人型の靄。禍々しい漆黒の瘴気。画面の背景で上るいくつもの炎と、その元凶の姿。
キャスターたちはおろか、警察上層部も、そして視聴者たる国民もその姿に息を飲む。数秒間、日本中の時間が止まった。
誰しもがあの異形に強い忌避感、いや嫌悪感を抱き、画面に釘づけにさせられる。
しかし、その時だった。鮮烈な白色の何かが、画面の中の異形の前を横切った。
白色が、道路を挟んで隣の家の屋根に降り立った。異形と同じ二本足の人型。純白のショートスカートのドレスと、それに所々付けられた紫色のフリル。
それは、薄いラベンダーの髪色の十六歳ほどの少女だった。
少女が決意を込めた強い視線を異形に向ける。彼女の右手には、先端に紫色の宝石を填め込んだステッキがあった。まるで魔法のステッキ。その頼りない杖を少女は構える。
「はあっ!」
ややハスキーな掛け声とともに、左下から右上へ
ステッキから放たれた紫の強烈な光が実体を成し、刃となって異形へ飛ぶ。下端から上端まで十五メートルはあろう光の刃は、異形の靄を切り裂くと、次の瞬間には本体を両断した。
光の刃は、向こう十二軒の二階部分を屋根ごと切断し、燐光を散らしてやがて消えた。
市民と警察官計二十一名を犠牲にした異形は、少女の一閃に消えた。
その一日は、後に【断罪の徒】という名が判明する異形と、【最初の魔法少女】と呼ばれるようになる少女が、日本国に現れた最初の日だった。
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