十六日 『彼女と舞姫』
俺が文豪でもエッセイストでもないことは先程話したばかりだが、またグルメリポーターでも美食家でもない。何でもない俺には、ただ出された食事を美味いうまいといって頬張る以外の選択が許されていない。
だから、頬がとろけるような、とかよく考えてみれば気持ちの悪い表現はしないし、舌鼓も打たない。
ただ、
「おいしかったです。ご馳走様でした」
といってお膳を返却口に置けば、それだけで花丸付き満点を貰える。
「はい、お粗末様でした」
たおやかな挙措で厨房へとお膳を運んでいく芦花母。……と思っていたら、すぐに戻ってきてはカウンターに寄りかかり、なにやら話したいことがある風にこちらをちらちらと伺ってきたので、
「……何か困ってることがあるなら、俺で良ければ、力になりますよ」
「あらあら。……あなた、学校でモテるでしょ」
突然、そんなことを言い出した。いや、言わんとするところは分かる。察しのいい男はモテると、つまりはそういいたいのだろう。それにしても、話題の振り方が雑すぎる気がするが。
「そうですね。嬉しいことに」
ここは変に謙遜するよりは、素直に認めた方が、かわいげがあって、好感が持てるらしい。
「そうなのね。じゃあ……やっぱり彼女とかも、いるのかな?」
なんですか、その告白する前の最終確認をする女子みたいな質問は。
「いません」
正直に答えた。
「あの……どうして、そんなことを?」
「うぅん、なんでもないのよ。……暮定くんは、今日の御霊祭を見に来たのよね」
「はい。……というよりも、舞姫様に会いに来たんですけど、今、留守らしくて。あの、今どこにいるか、知りませんか」
というと、芦花母は少し考えるように顎に手をあててから、うんと頷いて話しだした。
「あの子なら、さっきまでここにいたわよ。この店の常連客だから」
「そうだったんですか」
入れ違いだったのか? 残念だ。
まあ、御霊祭りを見ることにした今となっては、ここで会ったところで後の祭りだが。
「うん、暮定くんと同じ天ざるを頼んで、『今日の朝は酷い目にあったよ』って、愚痴を吐いてたわ」
「……え」
ここの店に来て、初めて素の声を出した。
芦花母の、おそらくは舞姫様を真似たものだと思われる口調と、その内容。
今朝酷い目にあったこの村の少女を一人、俺は知っている。
「あの、つかぬことをお聞きしますが……いや、本当に無関係かの確証は持てないんですけど」
「何でも聞いて」
「舞姫様の一人称って、『ボク』だったりしませんか」
……こうして口に出してみると分かるが、あいつ、リアルボクっ娘とかいうちょっと痛い属性持ってたんだな、と、俺の中での彼女のイカレ具合が増した。
というのは今はどうでもいい。大事なのは芦花母からの返答だ。
「あらあら……あの子、そうなのね……ふふ」
なぜか嬉しそうに、我が子を愛おしく思うような目をして、笑った。
「……あの」
「うん、そうね。あの子は自分のことを「ボク」って呼んでるわ」
やっぱり、そうだったか。
晴人に舞姫様像を訊いた時、あまりに早く違うと決めつけてしまったから、別人ということになってたが。
今朝会った彼女が、この村の、戸隠の姓を持つ、舞姫だな。
「……俺、今朝彼女に会ってましたよ」
そう口をついて出た自分の一人称が、元に戻っているのに気づく。
元より芦花母に対して自分を偽る必要性をあまり感じなかったっていうのも一因だろうが……多分、彼女の話をしているから、っていうのが、一番大きな要因だろう。なんにせよ、素の自分で話せるというのは、嬉しいことだ。
相手が年上だから敬語まじりになるが、なんとかこのまま「僕」にならないよう、本当の自分で話すこ
とに努めよう。
「実は、最初から知ってたわ。さっきここにきた彼女も、暮定くんの話をしてたのよ」
「そうなんですか」
「それで、芦花から聞いた暮定くんと、彼女から聞いた男の子の特徴が、ぴったり同じだったから」
……それは、どういうことだ?
俺は芦花の前で、本当の暮定として話してはいなかったはずだぞ。それなのに、彼女と芦花の話す暮定像が一致するのは変だ。
どちらかが、俺の態度を誤解して受け取ってたってことか?
「あの子、かわいいでしょ」
また笑顔で、そんなことを訊いてくる。
一瞬、「あれのどこをみてかわいいと?」とか、彼女と相対したときのように悪態をつこうとも考えたが。
……この場に本人がいないなら、変に嘘をつく必要もないか。
「はい。思わず慳貪な態度をとるくらいには、絶世の美少女でしたね」
この口ぶりは、少し「僕」が入っているかと思ったが、改めて考えてみても、この通りの感想が出てきた。俺が彼女をこんなにも高く評価してたなんて、自分でも驚いている。
「……あれであいつの変人ぶりが抜けてくれれば、こっちも素直に接するんですが」
こんなことを他人にぶちまける遠慮ない暮定は、俺だ。順調に、本音を吐露できるようになってきている気がする。
なんて、俺が自分のことについてばっかり気にかけていると、
「
「……え?」
「あの子の、舞姫の名前よ。あいつとか、彼女とかじゃなくて、そう呼んであげると、常世ちゃんも喜ぶんじゃないかしら」
この時、俺は今朝出会った犯罪者である彼女、また翡翠村の舞姫である彼女の本名、戸隠常世という名前を、初めて聞き、記憶したのだった。
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