十五日 『定食屋・豊州』

 ……なんとか着いた。

 はじめは何時間かかることかと思ってたが、案外すんなりと辿りつけた気がする。

 そのおかげで、時間はまだ1時前。昼食をとるにはちょうどいい時間だろう。


 俺はその、「豊州・OPEN」と看板の立ててある店のドアに手をかけ、開いた。


 すると、中には……


「……誰もいない?」


 シーンと静まりかえった食堂内に、俺の声が響いた。

 看板にはOPENとあったし、昼時に食堂が営業時間外なんてことはないだろう。


「あのー」


 奥の方へ声を掛けてみる。

 ――ガシャンッ。と、厨房から何かが落ちたような物音がした。どうやら人はいるらしい。


 その音に続いて、なにか相談するようなひそひそ声が聞こえてきたかと思うと……


「あ、く、暮定。いらっしゃいっ」


 焦った様子で厨房から出てきた芦花が、俺に挨拶してくる。

 

「えっと……営業中、でいいんだよね」


「う、うん。……好きなところ座って」


 と、幾分か落ち着きを取り戻し始めた芦花が、俺を座席へと促す。

 俺は、好きなところ、と言われても常連客でもなんでもないので、なんとなく芦花の指さした先にあった席に向かう。あそこからなら厨房がよく見えるから、芦花の働いている姿を目にすることができるかもしれない。


「あっ。……暮定。そこはあんまりおすすめしない、かも……?」


「……? 冷房があたらない、とかかな」


「……やっぱりなんでもない」


 なにやら挙動不審だ。目を泳がせて、厨房の方へと戻っていってしまう。


 その芦花と、入れ違いになって姿を現したのは……


「すぐに挨拶できなくてごめんなさいね。……いらっしゃい。あなたが暮定くんね」


 芦花をそのまま二十年ほど成長させたような美人だ。俺を知っているような口ぶりからして、


「……芦花のお母さん、ですね」


「そうよ。帰ってきた芦花から話を聞いたわ。晴人くんと剣戟で引き分けた、凄腕の方向音痴さんだって」


 ±ゼロくらいの評価だった。


「この店には……迷わずこれたのかしら」


「なんとか」

 

 と返事したのを訊くと、芦花母は軽く微笑んで、お膳に載っていたお冷を俺の席に置いた。


「はい、お冷よ。注文は、決まったら声をかけてね」


「あ、じゃあ注文しちゃってもいいですか」


 俺はメニューを手に取って、目に入ってきたものを、直感で選び取る。


「……天ざるひとつ、おねがいします」

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