十日 『剣の舞』
「……ったく、そうことなら先にオレに言えよ。誤魔化そうとするからそうなる」
「「はい……すいません」」
きっかり百回コテンパンにされた醜い男が二人、神社の参道のど真ん中で正座していた。
まさか、本当に二人がかりで負けるとは……
魔力で実際の業物以上の切れ味を手に入れた木刀を、素手で受けとめるのはいくらなんでもおかしいと思うぞ。かすり傷すらつかなかったし。
この強さで、魔術のことは知らないらしい。つまり、魔法で運動能力を高めているとかいうわけでもない、素の身体能力ということだ。嘘だろ。
「……まあ、別に稽古場でなきゃいけない理由もない。ここで始めるぞ、晴人」
「はいっ!」
といって、新たな木刀をとりに拝殿の裏に回っていく晴人。
その場に残るは、俺と師範の二人だけ。非常に気まずい。
「……
「……は」
聞き返す。
「オレの名前だ。周りからは竜禅寺と呼ばれている」
名は体を表すとはこのことだった。
「えっと……では、竜禅寺さん」
「なんだ?」
晴人の後ろに立っているときは、全身のインパクトから、厳ついイメージがあったが……
……よく見ると、優しい眼をしている、竜禅寺さんは。
怖いというのは容姿の話で、実際には温厚な人なのかもしれない。
「始めるって……剣舞を、ですよね」
「そうだが……暮定、お前は観光しに来たんだよな。今夜の
俺は首を縦にふって肯定する。
「そうなんですけど、あんまり調べずにきたので、伝統の巫女舞はともかく、剣舞については何も知らなくて……その、今年から始まる演目なんですよね」
「ああ。……翡翠の伝承については、晴人から聞いたか」
「はい。
「そうだ。この村も昔に比べて大分人口も減ってきて、いろいろなことが今までのようにはいかなくなってきてるからな。これまであまり力を入れてこなかった村おこしに、本腰を入れて取り組もうという方針が決まった。そこで、村おこしの分かりやすい第一歩として、玉響神社の巫女舞に白羽の矢がたった。新たに剣舞を取り入れることで、伝統はあるがインパクトにかける巫女舞から能のような形式に変えようってな」
「伝統芸能を変えてしまうことに反対する人なんかは、いなかったんですか」
「一定数いたぞ、当然。だがまあ、他の誰でもない舞姫様が剣舞に賛成的だったからな。そうと聞いた途端、これまで否定的だった老人たちもみんな掌返して舞姫様に賛同して、その寄合の場で決定したってことだ」
ここでも舞姫様か。
話を聞けば聞くほど、村民から慕われてることがわかる。
そもそも俺もその舞姫様に会いに来たのだが、今はいない。
「なるほど。そこで決定した剣舞……鬼神役を、いつも神社の警備をしてる晴人がやることになったと」
「それだけでもねえぜ」
と、稽古用の木刀を手にした晴人が戻ってきた。
「俺の方からも願い出たんだ」
「へえ……なんでまた」
「ま、お前が言った理由が大部分を占めるが……あとは、俺もいつまでこの村にいるか、分からないからな」
「……上京する予定でもあるのか」
こういう数十年後には限界集落になっていてもおかしくないような田舎の若者は、みんな二十歳を過ぎると都会へ出て仕事を大学や仕事に行き始めると聞く。そのせいで、村はさらに消滅の一途を辿ることになると。
「そんなもんねえよ。俺はこの村で生まれ、この村で死ぬ。そう決めてる。少なくとも、今はな。
だが気持ちなんてあやふやなもん、いつコロッと変わるかわからねえだろ。もしかしたら明日には、お前に触発されて都会にあこがれを持つかもしれねえ。だから今この一瞬、一瞬、この村のためにできることが俺にあるなら、先延ばしにしたりせず、精一杯それに向き合おうって決めてんだ」
そう語る晴人の目は、遥か遠く、未来を覗いていて。
今まで村から受けてきたたくさんの恩を、返せるときに返していこうと。
こんなバカやってても、しっかりと将来を見据えて生きているのだと思い知らされた。
「じゃ、始めるぞ」
「はい」
晴人を見ると、先程まで俺といがみあっていたときとは打って変わって、真剣な面持ちで鞘に収まった木刀を握っている。
辺りが、しんと静まりかえる。ただ、その剣先だけを視界にとらえて。
――
晴人が、いきなり木刀を抜く。そうして構えて……一歩前進し、腰を下ろしては刀をゆっくりと振るう。
この剣舞は……
巫女舞との融合という時点で気づくべきだったが、日本に伝わる一般的な剣舞とは、少々毛色が違う。
詩吟に合わせ、時には薙刀や扇なども用いて舞うのが、一般の剣舞だが。
そもそもベースとなる歌が、雅楽の神楽歌。神前で、身を清めるように一挙手一投足をたおやかに舞う神楽に合わせて、晴人の剣舞もアレンジが加えられている。
素早い動き、すなわち「動」による迫力を演出するのではなく、緋袴と千早の揺れる中を縫うような軌道で刀を操る、「静」による厳かな格式を魅せる、この神社独自の剣舞に仕上がっている。
晴人――鬼神が刀を止めれば、空はそれにつられるように凪いでいく。
鬼神が刀を泳がせれば、森は本当に切られたようにゆるやかに揺れる。
自然と一体化し、かつてこの村に厄災をもたらしたとされる鬼神の気迫が、この静の動作によって醸し出されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます