九日 『悲劇』

 一通りお互いの太刀筋と魔力と名誉と尊厳と人格と容姿と思想と……まあいろいろ貶し、そして笑いあったあと。

 一試合終えた後の無気力状態で神社に戻った。


「……はー、くだらない。だいたい、決闘してなんになるんだよ」


「そうだよな。無駄な時間だったなー」


 楽しかったけど。


「……あー……無駄な時間?」


 晴人が、何か引っかかるというように首を傾げる。特に「時間」という言葉に……


 そういえば、俺たちはどうして木刀で決闘なんてしだしたんだっけ。

 確か、晴人が剣舞の役目を……


「あれ、稽古はいいのか?」


「あ」


 青ざめた顔で、ポツリと一音こぼす。


「ちなみに、何時からだ?」


「11時だ……」


 今は11時20分。


「走っていけば、なんとかなる時間じゃないか?」


「いや……師匠はめちゃくちゃ時間に厳しいんだ……俺がこの神社にいることも知ってるからな……もしかしたら今まさに、俺を呼びに、ここへ向かってる最中かもしれねえ……」


 などと頭を抱えて怯える晴人の後ろに……

 ……?

 なんか、いるぞ。なんかというか、男の人……いや、あれは本当に人間か? 物怪もののけあやかしの類じゃないか?


「……その師匠って、どんな人なんだ」


 舞姫様ってどんな人なんだ、と問うたのと同じ声音で訊く。もしかしたら、俺たちとは何の関係もないただの参拝客かもしれない。……だとしたら、獣のような眼光で晴人の背を睨んでいる理由が不明だが。

 

 先程舞姫について訊いた時は、今朝の彼女とは全くそぐわない特徴が第一に飛び出てきた。 

 だからこう聞けば、晴人は今回も全然見当違いな人相を教えてくれる。くれる……はず。

 

 ……参考までに晴人の後ろに立つ男の特徴を述べておくと、180を超える長身で、肩幅は広く、岩のように筋骨隆々とした肉体を太陽に白めかせた、戦艦の威圧感を人間の体にギュッと詰め込んだような、年齢は初老程度の男だ。


「そうだな……身長は180ちょい、峻岳しゆんがくのような肩をした大柄の男で、筋肉隆々とした……例えるなら、戦車の迫力をそのまま持ってきたような、40代前半の剣道師範だ」


 同じ人の特徴をあげているはずなのに、人によってこんなに表現が違ってくるなんて、日本語は難しくて面白い言語だな。……じゃない。


 間違いなく晴人の後ろに立っている大男が、その師範だ。

 師匠は日に焼けて大樹の幹のように浅黒くなった肢体を大きく動かし、大股でこちらに向かってきている。晴人はまだ気づいていない。


「……暮定。やるぞ」


「いや、晴人」


「俺たち二人でかかれば、百回に一度くらいは引き分けられるかもしれねえ」


 そこまでリスク背負って引き分けかよ。強すぎだろ、師範。


「だから暮定。もう一度剣を持て」


「いや、そうじゃなくて……」


「――――――」


 師範が、唸り声をあげた。

 俺たちはぴしゃりと押し黙ってしまう。神龍の咆哮を全身に受けたように、体が萎縮する。蛇に睨まれた蛙だ。


「なあ、暮定……」


「なんだ」


「今、お前なんて言いかけてたんだ」


 俺は返事の代わりに、視線を晴人の後ろ、師範の方へと向ける。

 それにつられて、晴人も後ろを振り向いた。


「……筧。百度に一度は、オレに、何だって?」

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