八日 『寸劇』

 ――思い出せ。俺は、誰だ。


 俺は、剣士だ。そう思え。戦乱の最中、その身は主のために剣を振るう剣士だった。あるいは、その身をただ武士道に捧げた狷介の士だった。あるいは――


 激動の時代の中で、多くの仲間がその戦場で散っていくのを見た。その光景を思い出せ。

 例えば、そうだ。共に剣の道を歩み、長年の好敵手として剣術を高め合った戦友が、最後は俺を庇って動かなくなった。もしくは、俺を慕ってくれていた古い付き合いの幼馴染は、敵対する勢力の人質にとられ、そのまま行方が分からなくなった。父は殉死し、母は飢え死に、兄弟はみな片手に収まるほどの金銭となって消えた。そうだろう、暮定。


 憎め、憎め、憎め。その元凶は誰だ。すべての惨劇の引き金を引いた男は、この戦いの火蓋を切ったのは、賽を投げたのは、誰だ。


 目の前で俺に殺気をぶつける、かけい晴人はるとだ。こいつが、父を、母を、友を、想い人をすら切り捨てたのだ。そうだろう、暮定――


「……よし」

 

 入れた。いつもの、演者としてのモードに。俺は剣士、孤高の剣豪。晴人は総ての仇。……何も、おかしなことはない。


「この身は、一意専心。貴様を刀の錆とするまでは、たとえ諸膝つこうとも刀を捨てる気はないぞ」


「いいぞ、暮定。それでいい。もっと力の奔流を俺にぶつけてみせろ!」


 一瞬にして俺の間合いに入った晴人の、確実に俺の首を刈る軌道に乗った刃を、魔力任せの木刀で切り結ぶ。刹那の膠着も許さないとばかりに、次の太刀が視界外から飛んでくる。

 それを、真正面から受け止めた。

 全身に、車にはねられたような衝撃が走る。腕は震え、視界は定まらない。……しかし、そんなことを気にしてはいられない。

 俺はなんとしても、こいつを倒さねばならないのだから。


「もはや、間合いなんてまどろっこしいものはいらねえよなあ!」


 後ろへ大きく飛び退いた晴人が――刀身に魔力を乗せて、斬撃を飛ばす。けたたましく鳴るソニックブームを伴って、地面を削りながら、俺の方へと向かってくる。


「――っ」


 全身から力を抜いて、本能でそれを見据える。刀を斜めに倒し――光速に近いその魔力を、はじき返した。カウンターアタックだ。

 ターンした魔力の流れは、正確に晴人を捉えた。やつは咄嗟にその刀身で俺の魔力を受けとめる。刀からは火花が散り、辺りを眩しく照らす。

 だが、純粋な魔力では俺に軍配があがる。ぐんぐんと勢いを増していく斬撃に、晴人は次第に押されていく。一歩、二歩と後退し――

 ――ズドォォン、という砲撃のような音が響き渡り、晴人の周りに土煙が上がる。


「……」


 無論、あいつがこの程度でやられるわけがない。

 土煙も収まり、次の攻撃に備えるため、刀を構えるが……


「……!」


 晴人の姿が、消えていた。


「うしろだぜッ!」


「っ……!」


 背後から、晴人の声がした。

 振り向き、しゃにむに刀を振るう。なんとか不意打ちは防ぐことができた、が……


「おもしろい、変てこな魂してやがるな、暮定。魂が、必死に体の中に隠れようとしてる。まるで、見られることを嫌がるみてえに」


 不完全な体勢で受けとめてしまったため、その鍔迫り合いは長くはもたない。

 やがて細かな力の動き、技術で押し切られ、刀を地面にそらされる。


「口を開く暇があったら、刀に力を込めろよ」


 みたび体勢を整えては、刀と刀、鎬を削る。そらされた魔力は樹木を薙ぎ倒し、受けとめた際には衝撃が四肢を駆け抜ける。


「まだ、まだだ暮定……」


 もはや、木刀は元の性質を失っている。

 俺たちの限界以上の魔力を受けて、その身は鉄よりも鋭い銀色に変色している。


「もっと、もっといけるだろ、晴人……」


 その姿は、閃光の如く。剣閃のぶつかり合いの中で見えるのは、互いの魔力のみ。

 薄紫の光子と、青色の粒子が周囲を包む。


 幻想的に彩られた森の中で。

 永遠まで続くかと思われた切り合いは。


「「……うぉぁっ!」」


 ――ボンッッ……魔力の影響を受けすぎた木刀の爆散という自業自得の事故により、強制的に終止符を打たれて終わった。


「……これ以上はもう、無理だな」


「ああ、武器が壊れちゃ仕方がない」


 だから、勝負は仲良く引き分け――

 ……なんてつまらないオチは、フィクションの中だけで許されるものだ。

 実際は。


「これは俺の勝ちでいいだろ。俺の木刀の方が原型をとどめてる」


「は? それはお前の魔力がミジンコほどでしかなかったせいだろ。むしろ木刀が塵すら残らず消えるほど強い魔力を持つ俺の圧勝だろ」


「お前の木刀がそうなったのは俺の、オ、レ、の剣術が暮定のそれを大きく上回ってた何よりの証拠じゃねえか。ここはおとなしく俺に勝ちを譲るのが武士道ってもんじゃねえのか?」


「武士道? 俺はただの高校生だぞ。今時恥ずかし気もなく着物なんて着て歩いてる晴人の方が……あ、おいおい見ろよ。お前の袖、少し焦げ付いてるぞ! それ、俺の攻撃でそうなったろ。やっぱ俺の勝ちだな」


「……」


「……」


 晴人と俺が同時に、先ほどの戦いで切り落とされた木の枝に手を伸ばす。


「もう一戦」


「やるか?」


 ……などと。

 両者一向に譲らない場外乱闘に発展するんだ。……いや、俺の方が明らかに上手だった。意固地な晴人はいい加減認めるべきだろ。

 

 ――俺が勝者で、お前が敗者だってことをな!

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