七日 『剣戟』

 玉響神社に戻って、木陰で体を休める。額から汗が零れ落ち、境内に敷かれた玉砂利を黒く濡らした。


「そういやお前、なんで芦花ん時だけ口調変えてんだ?」


 唐突に、晴人はそう訊ねた。


 それは多分、純粋な疑問。言葉に裏も表もない、字面通りの疑問だろう。


「……、か」


 芦花の時だけ……なんて、笑ってしまう。

 そうだ。今気づいた。

 俺は何故か、今朝の彼女だけではなく、晴人に対しても。


「今はともかく、最初、芦花がそれを


「……?」


 晴人がよく分からない、といった様子で首を傾げる。

 そりゃそうだ。これは、こいつとはおよそ対極にありそうなものだから。

 人に話すものでもなければ、理解を貰う必要もない、バカらしいものだから。


「なあ、これからの予定は決まってるか」


「……いや、何もないけど」


「そうか。なら……」


 といって、晴人は腰に下げた鞘から例の修学旅行の木刀の鯉口を切った。

 そして、その剣先を俺に向ける。


「……そういえば、その木刀はなんだ?」


 俺を襲ったのは悪い魔術師と勘違いしたからだ。服装は祭りの礼服。だが木刀だけはなにも聞いていなかった。礼服の一部だろうか?


「――今年の御霊祭は、巫女舞の他に、男の剣舞けんまいも行われる。戸隠巫女と男を、それぞれ翡翠の伝承にある水神と鬼神に見立てて、舞うんだ。剣を持って暴れる鬼神を、水神が舞によって鎮める、って流れでな」


「……その役目を請けた男が、晴人か」


 晴人は深く頷く。木刀は、その練習のために持ち歩いてたってことか。


「……で、なんだよ、これ」


 俺の目のわずか数センチのところまで鋭く届いた……ただの木刀だが。

 それでも、この構えは敵意のない相手にするものではない。


「今から俺は稽古に行くんだが」


「稽古?」


「剣舞にも手順はある。それのために公民館で師匠に稽古をつけてもらってんだよ」


「それはそうだろうが……」


「暮定、お前もこい。何か悩みがあるとき、何かに躓いたとき、そういう時は、剣を持て。その手に力の象徴たるをおさめ、存分に揮え」


 そういって、もう一本同じ木刀を俺に渡してくる。


「そして、その前に俺と一本、勝負としゃれこもうぜ」


 ……これは、こいつなりの優しさだ。

 俺がなにかに悩んでいることに気づき、元気づけようとしている。自分には共感の難しい問題だから、俺から懊悩そのものを消し去るために、剣を持った。


 そうとなれば、それにこたえなければ嘘だろう。


「……魔力はどこまで込めていいんだ?」


 木刀を手にして、刃渡り……間合いの確認をしつつ、訊ねる。

 この刀は木製だが、そもそも物質というのは魔力によってできている。俺が俺の魔力をこの木刀に注げば、その分刃は鋭利に、頑丈になっていく。


「全力。――それ以外にあるのか。生憎俺は加減が苦手でな。たとえこの森を焼くことになろうと、剣を振る手を止める気はねえぞ」

 

 そう返ってくることを半ば確信していた俺は、神経を研ぎ澄まし、魂の有する限りの魔力を、木刀に流し込むように操る。


 境内の外、森の中。俺たちは距離をとり、剣を構える。


 ――俺の持つ木刀から魔力があふれ出し、妖し気な薄紫の光を発し始める。


「そうだ。もっと、もっと渾身を、刀に込めろ」


 晴人の刀も、仄かな青色を灯し始めた。


 可視化した魔力は、明るく、明るく煌めいて――


 互いの光が、最高潮に達した時。


「――ッ!」


 縦一閃。同時に間合いを詰めた俺たちは、初太刀に全霊を込めて剣を振るった。

 大気を切り裂く斬撃が、森を震わせ、時を狂わせ、地を揺らす。

 空に舞い上がった土埃を振り払って、視界の確保に努める。


 ……力量差は、皆無といっていいだろう。


 魔力の総量や扱いの上では、実家が陰陽師の俺の方が勝っている。その差を晴人が、剣の腕のみで埋めているんだ。


「ほう……。なんだ、暮定。剣道部か? 一振りで分かる、いい太刀筋だ」


 孤高にある中で好敵手を見つけた戦士のように嬉しそうに、晴人が笑う。


「……演劇部の、部長。ついこの間、時代劇モノを演じたばかりだよ」

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