五日 『起源と由縁』

「この村、案内してやろうか?」


そう晴人に提案されたのは、芦花と別れてすぐのことだった。


「祭りのことも知らずにここに来たってことは、どうせ他の観光名所もチェックしてないんだろ。……まあ、名所って呼べるほどの場所はないがな」


「いいのか? ここの警備をしてたんだろ」


「一日に二人もイロモノの参拝客が来るような知名度はねえよ、この神社に」


 俺はイロモノ魔術師扱いされていた。が……


「じゃあ、頼む。正直、この村を一人で歩ける自信はない」



   ☽



 玉響神社の御霊祭が最大の目玉らしい翡翠ひすい村だが、御尋ね者の彼女も言っていた通り、この場所にはまだ見るべき跡地や探勝地があるようだ。今は晴人にそこへ連れて行ってもらっている最中。


 神社の鳥居を出て、鎮守の森を抜ける。照りつける日差しに田畑との境界が曖昧になったあぜ道をしばらく進んだ先、山道に入りやや上り坂になったすぐのところで、晴人は立ち止まった。


 晴人の視線を追うと……そこには、俺の腰ほどまであろうかという大きな岩が道を塞ぐように立ちはだかっていた。

 注連縄しめなわで飾られた、なにか曰くがありそうなそれに手をついた晴人が喋りだす。


「暮定。この岩をみて、なにか気づくことはないか?」


 言われて、じっと岩を見つめる。すると……


「……これは、本当に岩か?」


 ほんとうに眼を凝らしてみないと見落としてしまいそうな微量の魔力が、この岩から漏れ出ていることに気がついた。


「そうだ。この岩は「玉響たまゆらの巨石」といわれててな。村に伝わる神話によると、この巨石は姿ものだとされている」


「……この岩が、神様だってことか」


 それ自体は、この世界で生きていれば別段珍しいものでもない。俺の本家筋に伝わる家宝も、神の魔力が一部分け与えられたものだ。神が自然物に形を変えたものを神籬ひもろぎと呼び、この岩はその典型的な例の一つといえる。


「――昔、この村は鬼神きしんに憑りつかれてたんだと」


 ……鬼神。魂が荒ぶり、人に天災を与えるようになってしまった神のことだ。


「その鬼神の悪戯で、翡翠の地では雨が降らない年が続くようになり、連年ひでりによる飢饉ききんに見舞われてた。飢えに苦しんだ村民は、必死に雨ごいをした。やしろを建て、水神をこの地に降ろそうとした」


「……もしかして」


「それが、翡翠の巫女舞の起源だ」


 やっぱり、そうか。


「じゃあ、雨乞いは成功したんだな」


「ああ。遠い先祖に水龍を持つ戸隠の早乙女さおとめが、社の前で巫女舞を披露した。それによって神懸かりを果たした水神はめぐみの雨を三日三晩降らした後、干ばつの原因の鬼神を封印するため、自らが魔力を持った神籬となってこの山に鬼神を封じ込めた。……ってのが、翡翠村の伝承で、戸隠巫女の源流とされてる説話だ」


「この神籬は、この村に潤いをもたらした水神なんだな」


 なにせ村の言い伝えだ。どれほど信憑性があるのか分からない。だがこの岩からは、見かけ上の魔力以外にも、大きな存在感を放つ何かが感じられる。その何かというのが神の魂だというなら、納得だ。


「んなわけで、この岩は魔術師に限っていえばあの神社にも負けねえ観光スポットだ。普通の人間にはただの岩にしか見えないがな」


「だろうな」


 なるほど。こんな感じで、翡翠村には神社関係の名所がいくつか点在しているんだろう。

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