四日 『参拝と人違い』
石段を登りきると、そこには立派な拝殿が建てられていた。
向かい合う狛犬に挟まれた芦花が、俺たちを認めて口を開く。
「暮定、晴人、遅い。……仲良くなった?」
「ああ、ちょっと剣を交えれば男の友情なんて成立するもんだ」
「不審者だと思ったこと、謝った?」
「当たり前だ」
「……不審者?」
なにか曖昧な言い方だと思っていると、晴人が小声で教えてくれた。
「……この村で法術について知ってるのは俺と舞姫様くらいだ。暮定もこっち側の人間なら、分かるだろ」
こっち側の人間。つまり魔法の存在を知っている人間ということだ。
当然、この世界で魔術や妖怪がに精通しているのは少数派。それは政府が隠蔽しているからだったり、魔女狩りの歴史が示すように、人智を超越した力を持つ者は排斥、迫害、村八分――そういった扱いを受けるからだったり……とにかくそんな諸諸の事情から、魔術師はその力を大っぴらにしないのが界隈での暗黙の了解。
この神社の戸隠巫女も魔力を持った法術使いだが……大多数の村民は、あくまで神前で舞を奉納する役目を持つ巫女としての彼女をありがたい存在として崇拝しているだけで、本当にそういう力を持っていると知っている人は戸隠家と晴人ぐらい、ということだろう。
「もう大丈夫だよ、芦花。予定通り、お参りしよう」
「うん」
三人並んで、賽銭箱の前で小銭を取り出す。そしてそれぞれが賽銭を投げ入れると、カランカランと小気味よい音が鳴った。
「この神社は二礼二拍手一礼でいいのかな」
「それでいい」
二度お辞儀をして、柏手を打つ。
深緑の森の中で。
爽やかに吹き抜ける風を感じながら、俺は誓いを立てた。
もう逃げない。自分を偽るのはやめて、しっかりと目を見て話したい……話す。
そう誓った。……誓ったのは、本当だ。
最後に深く一礼をして、参拝は終了。
「……よし」
少し、気持ちが晴れやかになったかもしれない。俺の足にまとわりついた粘り気のある汚泥から、今なら抜け出せそうな気がした。
……さて。これから何をしよう。
そもそもからして、俺は戸隠巫女……舞姫様に会いに来たんだが……
「今は留守だ。普段は境内を掃除してたりするんだが、祭りの日だからな、いろいろ忙しいんだろ」
「……祭りの日?」
そう零すと、心底意外そうな顔で、
「なんだ、それ目的で今日来てたんじゃねぇのか。ほら、あれだ」
といって、晴人が指し示したのは……
社務所の横の掲示板に張られた、張り紙だった。
『
フリー素材の
「この村に眠る先祖の霊を祀る祭りだ。神の御前で、舞姫様が舞を奉納するんだよ。八月のちょうど、始めと終わりにな」
「知らなかったよ」
八月一日……今日じゃん。
「まあそんな大々的に宣伝してるわけでもねえから、一般の観光客は知らなくてもしょうがねえが……暮定はなんで知らずにこんな場所に来ようと思った」
「……それは」
「……?」
俺が芦花の方に視線をやると、察してくれたらしい晴人は言葉を探すように視線を泳がせた。
つまり――
「ああー……そうだ。内々の行事で出店も出ない地味な祭りだが、せっかくなら見ていってくれよ」
そういう晴人の態度は……あくまで魔術のことを誤魔化すための言葉、というわけでもなさそうだった。
「……もう帰る?」
芦花も、少し残念そうな表情で俺を見てくれている。……いや分からない。これは俺の願望かも。
「……そうだね。もう帰ろうかと思ってたけど、そういうことなら、僕も夜までこの村にいようかな」
どうせ今家に帰ったところで、何も変わらない。それなら、舞姫様に会えるかもしれない祭りの時間までこの村を満喫しよう。
そう思った。
「……うん、それが良いよ。舞姫様の舞、すごくきれいだから。暮定にも見てほしい」
花の咲いたように笑って……それから、ハッと何かを思い出したように慌てて、こう訊ねた。
「暮定、今何時?」
左腕をあげて、腕時計を確認する。
「十時前、かな」
「一回帰らなくちゃ」
「なにか約束事?」
「私の家、食堂やってるの。定食屋・
へぇ。用事というのは察するに、人の多い昼時に人手が欲しいといった理由で両親から手伝いでも頼まれているのだろう。
「夜まで残ることになってから、お昼ご飯をどうしようか考えてたところなんだ。寄らせてもらうよ」
「……うん。待ってる」
手を振って、元気に石段を駆け下りていった。
そして境内には、俺と晴人の二人だけが残る。
改めて晴人を視界におさめる。
――筧晴人。突然森の中から飛び出して来ては俺に襲い掛かった、村の――
「そういえば晴人って、いくつだ?」
年上だとしたら今後は敬語を使わなくてはならなくなる。
「17だな」
「よかった、同い年だ」
――村の、高校生。いつもは――
「いつもこの神社で魔術師たちの襲撃に備えてるのか?」
「さすがに、俺も一介の高校生だ。今日は
「じゃあ、その服も……」
「普段はいたってシンプルな私服だぜ? これは祭り用の、礼服みたいなもんだよ」
「それが普段着とかいうわけじゃないのか」
「俺は舞姫様の護衛をしてるが、それはここの森で魔法の練習をしてるとこをたまたま見つかったからで、代々戸隠家に仕える家系とか、そういうのでもないしな」
晴人が魔力を使えるのは、恐らく遺伝や神からの守護とは関係ない自力によるものだろう。そういう天才肌も、一定数いるからな。
……それにしても、舞姫様、か。
晴人はこの通り、舞姫様の忠犬をやっている。
芦花も、舞姫様の巫女舞は素晴らしいものだといっていた。
どうも今朝の彼女があんな悪態をつく理由が不明瞭だ。
「……」
……ふと頭をよぎった可能性に、自分で自分をあざ笑った。
――あの彼女が、あのナチュラルハイテンションが、舞姫様その人だという可能性。
もしそうだとしたら、巫女本人にしかわからない悩みや問題があって、それが悪口という形で表面化したということも考えられる。
……確かめよう。
これは現実だ。推理小説じゃない。疑問を疑問のまま放置して、あとからややこしくなるなんて俺は御免だ。分からないことがあったら、すぐ口に出して人に聞こう。
「どんな人なんだ、舞姫様って」
まず彼女と舞姫様の人物像を照らし合わせる。
「そうだな……聡明で、」
「じゃあ人違いだ」
よかった。もしアレが巫女様だったら、俺は大変な無礼を働いていたことになる。
「まだ一つしか特徴あげてないんだが……もういいのか?」
「ああ。もしかしたら今日の朝方に舞姫様その人に会っていたんじゃないかと思ったんだが……その一つが決定打だ。……あいつはアホだからな」
「そ、そうか……そいつは、気の毒だな」
……口でそういったものの、俺はあいつが戸隠巫女である可能性を頭の片隅に置いておくことにした。
それは、まだ彼女が舞姫様と同一人物である証拠が残っているとか、理論的なものからではなく。
ただ。彼女が巫女舞を舞っている姿を見てみたいという、ひどく恣意的な願望からの判断だった。
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