三日 『魔の剣豪、in confidence』
俺と
神社は周辺を林に覆われており、鎮守の森といってその地に斎く神の守護下にあるとされている。
「どんな神が祀られてるのかな」
「……代々の
それだからまだ昼前で明るいというのに日差しを木々に遮られて、不気味な暗さが演出されている。神社の雰囲気としては百点満点だ。
「……そういえばここ、よく幽霊がでるって」
石畳の道を歩いていく中で、芦花が言う。
「……へえ、でもそれは夜の話だろう?」
「太陽にも負けない強いお化け」
芦花が、胸の前で両手をだらんと垂らし、お化けの物まねをする。
たくましいな、ここの幽霊。
別段幽霊が苦手だとかそういうのではないが、それでも会わないに越したことはない。
俺は少しだけ歩速をあげて、
……と。
――ガサガサ、ザザッ――
どこかの低木が、音を立てて揺れた。
立ち止まる。自然、芦花と目が合う。
「風かな」
「吹いてない」
「……ちなみに、この村って熊とかでたりするのかな」
「イノシシはよく見る」
十分危険だ。
音を立てないよう、ゆっくりと手水舎の方へにじり寄り……
――水盤に置かれた柄杓を視界に入れた瞬間。
「きえええええええええぇぇぇ!!」
何か青黒い影が、茂みから飛び出してきた!
逃げる判断を下すよりも早く、影は武器のようなモノをこちらに振るってくる――
咄嗟に柄杓を掴んで応戦。鈍い音が境内に重く響き、互いに動きが止まる。
「……」
ちらりと、後ろの芦花を見る。何もないことを確認してから、目の前の影に神経を集中させた。
……まず、俺に振るわれた獲物は木刀だった。中学生が修学旅行で必ず買う運命にあるあの木刀。俺も家にある。
そして刀を使うということで分かるが、明らかになった影の正体は人間。それも俺と同年代くらいの男だ。
出会い頭に切りかかってくる、本日二人目の犯罪者であるそいつは、紺の着物を着た着流し姿で、腰に一本の刀を帯刀している。長い髪を後ろでまとめた、整った顔立ちの男。
そんな、大河ドラマの撮影から逃げ出してきたみたいな風体をした男が口を開いた。
「この地になんの用だ」
殺気をむき出しにして、鬼神の如く迫力で刀を切り結ぶ。
「そりゃあ、参拝だよ」
俺が答えると、鍔迫り合いをしていた刀にぐっと力が入る。俺も負けじと押し返すが……
「……はっ、そんだけの
……こいつ。
いや、そうだ。
「……なるほど。よく分かったが、お前は勘違いしているぞ、根本的に……」
これはちょっと、まずいかもしれない。特に、近くに芦花がいるのがまずい。
なるべく相手の機嫌を損ねないように、どうにかしてこいつを芦花から遠ざけなければ……
「芦花!」
それまで後ろで俺たちを見ていた芦花に声を掛ける。
「……なに?」
突然斬りかかってきたような危険人物を前にしているというのに、妙に落ち着いた様子で返事をされる。
「先に一人で拝殿の方に行ってろ! こいつは俺がなんとかする!」
「……あ? ……お前」
木刀を持った男が、訝しむように俺を睨んだ。
「……でも」
何かもどかし気な態度の芦花に、和装の男も促した。
「……ああ、こいつの言う通りにしとけ。俺たちもあとでいくからよ、
男は刀への力を緩めたかと思うと、そのまま木刀を鞘に納め、俺への殺気を消した。
……あれ。
「……分かった」
男の言葉を聞いた芦花は、なにかに納得がいったらしく、素直に頷いて奥の方へ歩いていった。
……目の前の男に、視線を戻す。が……
「もしかして、芦花と知り合いなのか」
「そりゃこっちの台詞だろが。お前こそ、そもそもなにがどうして芦花と一緒にいたんだよ。戸隠巫女に近づくためか?」
……やっぱり、そういうことも多いのか。
「お前はこう言いたいんだろ。『戸隠巫女の法術を悪用しようとする者、出ていけ』……違うか?」
「その通りだ。……いや、その通りだった、だな。どうやらお前はこれまできた高僧やら結界師とは違うみたいだ」
肩を竦めて、誤解だったことを告げた。
今なら本当のことを言っても、分かってもらえるだろう。
「――俺は実家がデカい陰陽師の家系なんだ。小さい頃から、法術に触れてきた。……
☽
――この世界には、一般にはオカルトやまやかしだとされている超常の力、例えば魔法。例えば妖怪。例えば神。そんな概念が確かに存在している。
俺はその力、俗にいう「魔法」を操る陰陽師の家系の分家のそのまた分家に産まれた、なんとも微妙な立場の人間だ。
「――『
柄杓に手をかざすと、何もない空間から水があふれだし、柄杓をいっぱいにした。それを――
「おらっ!」
「冷てぇ!」
男に思いっきりかけてやった。
「人を襲っておいて、警察に突き出されないだけマシと思え」
あくまで、小言のつもりで言ったのだが……
「……それに関しては、本当に悪かった。すまん!」
思いのほか誠実に受け取られ、深く頭をさげて謝罪されてしまった。
「……まあ、別にいいよ。今朝も冤罪吹っ掛けられそうになったばっかりだしな」
「……そうなのか?」
頭の中に今朝の彼女を思い浮かべる。男の性から、無駄に美少女なせいで素直に憎めない分、彼女の方がよほど悪質だ。
「……さっき自分で言ってたから理解してるとは思うが、お前……暮定を襲ったのは、
「……つまりお前は、この神社の警備担当みたいなものか」
魔力を込めた眼で見たところ、こいつもなかなかの魔力を秘めているのが分かった。俺を襲ったとき青みがかっていたのは、体から溢れ可視化した魔力だったんだろう。
「ああ。……俺は
晴人の差し出した手を取って、一段落。
……一段落したところで思い出した。今朝の彼女が言っていた、あの言葉。
『――戸隠の巫女は、呪われている』
今のところ、芦花といい、今のこの晴人といい、まったくそんな印象は受けていない。
晴人なんか、戸隠巫女をねらう輩をその身一つで守っているくらいだ。
……聞いてみるか。
「なあ、話は変わるが……ここの神社の巫女は翡翠村の住人から忌み嫌われてるって噂を耳にしたんだが、それって本当なのか?」
訪ねてみると、案の定想像どおりの答えが返ってきた。
「……はぁ? 誰だよ、そんなデマ吹聴して回ってるやつ。そんなわけないだろ。俺を見て分かる通り、この村は舞姫様を特別な存在として感謝し、敬愛してる。彼女を悪くいうような奴、この村にはいねぇよ」
「だよな」
……やっぱり、彼女の言っていたことは嘘もいいところだった。
じゃあ、なんのためにあんなことをいった? 何のために、自分の村の巫女様を悪く言う必要があったんだ、彼女に。
そんな疑問を胸に抱いたまま、俺と晴人は芦花の待つ拝殿へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます