迷惑系Youtuberヘンゼルとグレーテル

 登録者数55万人、中高生を中心に人気を集める兄妹YOUTUBER、ヘングレちゃんねるの二人が森の奥に行くと、そこにネットで半ば都市伝説となっていたお菓子で出来た家がありました。

 屋根はウエハース、ドアはチョコレート、壁はビスケットという力作です。爆サイには年金暮らしで少し変わり者のお婆さんが一人で住んでいると書かれていました。

「ヘンゼルとグレーテルでーす! うーん、わっしょいオブザ・ワールド(掛け声)」

「お兄ちゃん今日は何ぃー?」

 お菓子の家の前で自撮り棒を持った、65点くらいの顔をプチプラコスメでオルチャン風に飾ったグレーテルが元気よく挨拶をすると、

「今日は地元にマジクソヤバイ家があるって聞いて、わざわざ森の奥までやってきました!」

 ツーブロマッシュルームカットを明るめの赤で染めた一重小太りのヘンゼルが、上滑りしたテンションで続けます。

『全部やらせだろ』『実在するのは草』

『食べてどうぞ』『食べろヘンゼル!』

 ライブ配信が大バズり中らしく、コメント欄には読みきれない程のコメントと赤スパチャが踊りまくっています。

 ちなみに自己顕示欲と承認欲求に手足が生えた年頃である上、両親にネグレクト気味に育てられていたヘングレちゃんねるの二人は、加減というものを知りません。

 これまでも原付に乗ったまま海に飛び込んだり、街で一般人(彼らは大物ライバー以外の人間をこう呼びます)にインタビューを行い、失礼かつ過激なことを問いかけて怒りを引き出せるかを試したりと、動画の偏差値は随分と低めです。

 ただこういった彼らの一般常識から逸脱した行動や言動が、これまで複数の炎上を招くと同時に登録者数を伸ばしてきた要因であるのも事実なので困ったものです。

 さて、コメント欄の盛り上がりぶりに応えるべく、二人は過激な要求に乗せられていきます。

「ごめんくださーい! かーらーのー、ドアを食っちゃう! ドアを食っちゃう!(目をわざとらしく見開く)」

 チョコレートで出来たドアを、ヘンゼルがわざとらしく頬張ると、グレーテルが過呼吸気味に笑います。

「お兄ちゃんやり過ぎ、イヒヒヒヒ!!」

「あんたっ! 人ん家で何ばしよるんか!」

 そこで家主のお婆さんが登場します。普通ならトーンダウンするところでしょうが、ライブ配信には怒られが付き物。むしろコメント欄の盛り上がりは最高潮を迎えます。

「すいません、ちょっと僕ゥお腹空いちゃってて〜」

 ヘンゼルは引き続きドアノブを壊し、それを食べながらお婆さんの怒りを引き出します。

『ボクゥ!』

『さすがにヤバくないか』

『迷惑すぎて草』

 そのカメラを意識したイキリムーブに、お婆さんが激しい怒りを露わにしました。

「はあああああっっ!? 頭おかしいんかねっ! 警察呼ぶばい!!」

 警察、という単語が出たところで、ヘンゼルはここらが引き時と判断したのでしょう。おどけた態度を急変し、逆ギレの姿勢に入りました。

「頭おかしいのはおめーだろーがババア! こんな家作って良いと思ってんのか! 建築基準! 建築基準法違反!」

「ちょっと、もうやめときなよーヘンゼルゥー!」

 こういった時のグレーテルの高速手のひら返しには、チャンネル登録者たちの中でも好き嫌いが分かれています。

「◯ね! 馬鹿ども! うちから出てけ! どっかいけ!!」

 一旦家の中に入った婆さんが、ホウキを持って戻ってきます。

 案の定、使い込まれたホウキでヘンゼルは頭を何度も叩かれました。その瞬間、ライブ配信で恥をかかされた彼の目つきが変わりました。

「おらああああ! うるせえんだよババア!! っらあ!」

 思わずお婆さんに手を出したヘンゼル。

 自身は軽く小突いたつもりだったのでしょう。しかし若者の基準と、後期高齢者で筋肉量の少ないお年寄りとでは訳が違います。

 ゴスン、と鈍い音がして、お婆さんは瓦せんべいで出来た床に頭を打ち付け動かなくなりました。

「えっ、やばい……やばいよ……」

 放心状態のヘンゼル。震える画面とグレーテルの涙声。そのままライブ配信は暗転します。カメラの切られた画面には、その後も視聴者たちの勝手なコメントや赤スパチャが踊り狂っていました。

 人生のレールは、ふいに外れて元に戻らなくなることがあります。

 一時のアドレナリンの分泌に身を任せた行動は、時にあなたを意図しない破滅へと誘うことになるでしょう。

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