さるかに核戦争

 知り合いのおさるさんから、おにぎりの代わりに柿の種を受け取ったカニさん。

 柿の種を植木鉢で埋め育てた結果、どう見ても大麻です。本当にありがとうございました。裏山で大事に育てたそいつを6週間後に収穫し、カニさんは栗と臼と蜂と牛糞という明らかにろくでもない友人を呼んで自宅でカニ祭り(隠語)を開きました。

 そこに狙ったように現れたのが犬のおまわりさんです。

 慌ててトイレにあれこれ流したものの、絨毯に残ったカスを警察が押収し、結果執行猶予中だった牛糞と栗がパクられてしまいました。

「地元のツレに招集かけたわ、おめーらも週末空けとけや」

 おさるがチンコロしたに違いないと決めつけ、血管をモリモリに膨れ上がらせブチ切れるおっかない臼さん。

「何の証拠もねーけどよォ、状況的にまちがいねーだろォ」

 とにかく他人を刺したいだけのイカレた蜂さん。

 半グレではあるものの、元々小心者のカニさんは、結局へらへらと同調して笑うことしかできません。

 結果、週末にカニさんは臼と蜂と共にハイエースで猿を拉致して多摩川の河川敷で分からせました。

「てめぇ、二度と面見せんじゃねえぞ、次会ったらコレだからな?」

 立場が優勢だと調子に乗るタイプの小悪党感溢れるカニさんは、おさるさんの首元でハサミをちょきちょき開閉させています。(この時の言動が、カニが主犯であるという後の解釈に影響しています。)

「ええぞカニ! ちょんぎってまえ!」

「ははは、こいつ小便漏らしてんぞォッ!」

 臼と蜂もケタケタ笑いますが、彼らは翌日町外れの工場跡地で変わり果てた姿で見つかります。

 やったのは、おさるさんの住む団地を縄張りとするモンキーマフィアでした。

 さあ血で血を洗う、さるかに抗争の始まりです。街のチンピラの命の取り合いに過ぎなかった争いが、それぞれのケツ持ちだった地元ヤクザに広がり一般市民を巻き込む争いにエスカレートしていきます。

 この国で潜在的に存在していた民族同士の差別意識に火が付いて、不良たちだけでなく、複数の市民団体が民意を煽るような主張をSNSで繰り広げるまで約半年。

 この極東の島国で起きた出来事の影響が、世界各地へと波及し、哺乳類と甲殻類の間に横たわる深い差別意識の再確認と、憎しみの生産を促進し続けます。


 世代が3つも変わる頃には、おさるとカニの対立は国家レベルのものとなり、世界経済の停滞を受けた極右勢力の台頭が、その両者の決着を後押ししました。

 2度のさるかに大戦を経て、ついに彼らはかつての人類と同じ道を辿ります。

 お待たせしました、さるかに核戦争の始まりです。飛び交う核ミサイルによって地球上の生物の6割が死滅し、インターネット通信も途絶しました。

 放射能の雨が地上に降り注ぎ、国同士の交流は極端に少なくなりました。

 皮肉にも、こうして両勢力は必要以上の関わりを持たないようになり、停戦協定が結ばれ、今日の束の間の平和が訪れたのです。

 どうですか、ついてこれてますか人間さん。

「つまり、ここは未来の地球だって言うんだろ?」

 カニに一通りの説明を受け、宇宙飛行士を自称する男は自嘲気味に笑った。

「ええ、その通りです。今日は、平和を記念するモニュメントにあなたを連れて行きます。全てのきっかけになった最初の事件を銅像にしてあるんです。あ、もちろんカニ側の公式見解が反映されていることは申し添えさせていただきますよ」

「というと?」

「最初のおさるが、我らカニを陥れる筋書きを描いたせいで全世界が争うことになったという歴史認識のことです」

「歴史戦ね、好きにすればいいさ」

「随分と元気がないですねえ! あなたはこの惑星でほぼ唯一の人類なんですから、もっと胸を張ってください! 全国から記者もカメラも沢山集まっていますよ〜!」

 項垂れる男を支えながら、カニは鼻歌を歌いながら歩いていった。

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