それでも僕は死を求める
加賀見慶
第1話
僕は死んだ。
ようやく死ぬことができた。
それは僕の長年の夢であり、全人類が羨むものですらあったかもしれない。
人が死を求めるようになった過程を僕はぼんやりとだが覚えている。
ある時人類は絶滅の危機に瀕した。
自然災害だったか気候変動だったか、原因はもう定かではない。
人は生き残るためにあらゆる手を尽くした。
技術を開発し、周囲の環境を変えた。
けれども厳然たる死が人類の目の前に立ちはだかった。
死を遠ざけるために、人類はあらゆる不自由を受け入れていった。
法律で行動を縛り、教育で思考を整えた。
それでも死から逃れられなかった人類は、遂には体の自由までも手放したのだった。
現在、人は体を機械に委ねている。
これは極端に死を恐れた人類が行き着いた先であり、彼らの願いであった。
医学が果てしなく発達してしまったこの世界では細胞分裂の回数には限界がなくなり、不調をきたした部位は自動でドナーと取り替えられた。
ドナーですら大量のバックアップが用意された。
こうして人類は死ななくなったのだ。
人類に最後に残されたものは思考の自由だけであった。
死から解放された人類は大喜びで生を謳歌した。
唯一の自由である思考という次元には無限の可能性が存在していたのだ。
文字通り永遠の時間の中で、僕は自由の限りを尽くした。
時に何も考えない時間も作っていたかもしれない。
とにかく、思いつく限りのことを考え続けた。
長年考えた結果、僕は一つの考えに辿り着いた。
思考という次元には確かに無限の可能性があった。
しかし、個人の想像力には限界がある。
何百年、何千年と考え続けた僕にはそれを明確に断言することができた。
いつしか同じ思考を繰り返し始めた人類は、やがて、生への執着心を失っていった。
人は与えられた生を持て余し、死を模索し始めたのだ。
ところが、皮肉なことに人類は遥か昔に死という選択肢を失っていた。
僕が生まれて何十年か経った頃、腎臓に病気が見つかった。
機械はすぐさま病気を感知すると、用意されたドナーの中から僕に適合する腎臓を見つけ出し、移植した。
それからまた何十年か経った頃、右足の付け根辺りの動脈が詰まった。
機械はそれを検知すると即座に血管を入れ替えた。
肝臓、膵臓、肺、眼球、皮膚、心臓。
どこかに異常をきたす度に、ドナーからその部位を移植された。
気づけば体のほとんどの部位が入れ替わった。
そして今、僕は脳を交換されようとしている。
恐らく、死を望んだことが「異常である」と機械に判断されたのだろう。
ありとあらゆる死因を排除することが目的である機械は、僕の脳を排除することに決めた。
脳が取り替えられてしまえば、もはや元の僕の体はこの世に存在しなくなる。
それでも機械は『僕』を生かすことに決めたのだ。
脳が処理された瞬間に、元いた僕は死ぬ。
だがそれでいい。
それこそが僕の望みであるのだから。
そしてついにその時がやってきた。
僕は死んだ。
またこの想像か……。
僕はしばらく考えるのをやめた。
それでも僕は死を求める 加賀見慶 @mirrorkk
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