女の子と食事はデートというのだろうか? 4
「お願いって、なに?」
俺がそう訊くと、彼女は頬を赤く染めて、しばらくの間モジモジする。
そんなところも、やっぱりかわいい。というか、そこがいい。
すると、彼女は意を決したように、
「とてつもなく不服ではあるんだけど、痴漢してくるやつから守って欲しいの。その、あんたも覚えてるでしょ、あのときのこと……」
そう言われて、またあのときのことを思い出す。できれば、もう思い出したくはない。
けど、それで俺はなんとなく理解する。
「この時間って、混雑してるじゃない? そのせいで、痴漢してくるやつがたまにいるのよ。私なんて、ただのかわいいだけの女の子だというのに。まあ、だから、そいつから守って欲しいの」
だから、どこの駅で降りるのかということを訊いたのかと理解する。
だって、俺は彼女がどこで降りるかを知ってても、彼女は俺がどこで降りるかを知らないから。
結果的に、丁度よかったということだ。
「別にそれはいいんだけどさ、俺でいいのか?」
「だから最初に不服って言ったのよ。でも、しょうがないからあんたで我慢するわ」
お前は頼んでる側だろっ! と思いながらも、言わないでおいた。めんどくさくなるのはごめんだ。
けど、腹立つものは腹立つんだよな~。
さて、一体いま、どんな状況なのか? 簡単に説明するなら、満員電車の中にいる。
そう、俺は今、赤里の前に立って痴漢のやつから守っている。電車のドアの前で。
というか、赤里マジで小さいなー!
周りの人から見たら、どう見ても俺が痴漢してるようにしかみえないだろ!
まあ、制服を着てるおかげでなんとかなってる気がするけど。視線がいたい。
「あんまり、こっち見ないでよ……」
彼女は恥ずかしそうに、顔をそらしながらそう溢す。
そんな彼女の仕草に、俺はドキドキしてしまう。
俺は思わず視線をそらすが、かなり密着してるせいで、彼女のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
そのせいで、ただでさえドキドキしてる俺の心臓が余計にドキドキする。
電車の中で、まだ春であるけど、やっぱり満員電車の中ということで、暑い。かなり、暑い。つまり、汗をかいているというわけだ。
なにが言いたいのか、というと、汗で制服がベタついてるせいで、下着が透けて見えている。
そう、下着が透けて見えているのだ。
別に、胸が大きいわけではない。胸が大きいわけではないんだけど、それとこれとは別なのだ。
「ねえ、いま私の胸が小さいとか思ったでしょ?」
「お、思ってないよ」
なんて鋭い地獄勘。
てか、赤里のお陰で少しだけ正気を取り戻せた。
と、そんな風にドキドキしたり、正気を取り戻したりを繰り返しながら、一つ目の駅に到着する。
運がいいのか、はたまた運が悪いのか、今俺たちがいるドアとは反対側のドアが開いた。
けど、乗客は減るどころか、さらに増え、より密度が高くなる。
そのせいで、赤里とより密着することになった。
別に大きいわけではないが、女の子特有の膨らみがあたるせいで、ドキドキするとともに、変にそれを意識してしまう。
そして、電車が動き出すと、ガタンゴトンと揺れる。
それによって、ただでさえあたっていた柔らかい感触がよりわかりやすく触れてしまう。
そして、電車が揺れるたびに彼女は、あぁ……うん……ああん……はぁ、はぁ……ああぁぁん…………、などという色っぽい声を漏らしてる。
柔らかい感触が先程からあたってることも相まって、俺はいけない気持ちになっていく。
いい加減、俺は我慢の限界にきてしまい、彼女の顔をみると、彼女は顔を真っ赤にしていた。
そのおかげで、俺は自分の正気をギリギリで取り戻す。
てか、マジでやばかった。このままだったら襲ってたかもしれない。
「も、漏れそう……」
彼女はそう言葉を漏らす。
……って、漏れそう……? ちょっ……、待て!
「それは我慢しろよ……」
「やばい、そろそろ本当に限界なんだってば!」
「だったら、なんで電車に乗る前にトイレ行かなかったんだよ!」
「なっ! それぐらいのことは察しろ、バカ! これだから、男ってのは嫌いなのよ!」
と、意味がわからないことを言ってくれたせいで、俺は完全に正気を取り戻した。
そして、ようやく二つ目の駅に到着した。
あのあと、彼女は顔を真っ赤にして、その、ありがとう。でも、絶対に忘れなさい! と、そんなことを言って、走って行ってしまった。
まあ、走って行った理由が、恥ずかしかったからなのか、漏れそうだっからなのか、どっちなのかはわからないが……。
「ただいま」
「遅かったね、お兄ちゃん。で、どこをほっつき歩いてたの……? 夕食の時間までには帰って来てって言ってるよね? それとも、それがわかってて、わざと遅れて帰ってきたの? 私に構ってもらいたくて。それなんだった、超キモいんだけど」
俺は家に帰ると、玄関で妹が仁王立ちして待っていた。
まあ、妹が言ってることは家でのルールのようなものだから、完全に俺が悪い。
そもそも、離婚して出ていったお母さんの代わりを妹がやってくれてるところもあるので、余計に怒ってるのもわかる。
わかるんだけど、一つだけ言い訳をさせてくれ。
遅くなるって、連絡したんだぞ? それなのにここまで言われるって、ちょっと理不尽じゃね……?
いや、悪いのは俺なんどけども。
というか、単に妹の機嫌が悪いだけなのかもしれないが。
「けど、誰だかは知らないけど、女の子とのデート中にちゃんと遅くなるって連絡したから、これくらいで許してあげる。けど、時間ぐらい守ってくれる?」
いや、普通にブチ切れてらっしゃる。
だって、これぐらいって時点でおかしい。
というか、連絡してなかったときのことは想像もしたくない。
「てか、デートなんかしてないんだけど?」
「はっ……?」
やば、俺いま、妹の地雷踏んだか……? というか、めっちゃ怖いんですけど……。
妹はかなりの目つきで俺を睨んでいる。
くそ、あんなこと言わなきゃよかった、と後悔する。
「女の子と、食事、してきたんだよね? それって、デート、だよね? てか、デート以外になにがあるっていうの……? 教えてくれる? ね、お兄ちゃん?」
妹は笑顔でそう言った。
まず、その笑顔が怖い。
けど、よく考えてみれば、確かにそれはデートだ。傍から見たら、完全にデートだ。妹の言葉に間違いが一つもない。まさに、正論。
けど、俺の人生の初デートがあれって。
やば、デートだと思ったら顔が緩んで……。
「お兄ちゃん、キモい」
いや、マジのトーンでそれを言うのはやめてほしいんだが……!?
いや、わかる。それを言った理由はわかる。
だって、お前からみたら妹に怒られて喜んでる兄、というようにしか見えないからな。
「それじゃ、キモいお兄ちゃんは夜ごはんをとっとと食べちゃって」
キモいをつけるな! とは言わずに、「はい」と答えたのだった。これ以上、妹を怒らせてはならない。
で、待たせてるのは妹に申し訳ないので、
「遅くなったのは俺が悪いんだし、洗いものぐらいやっとくよ」
と、妹に言うと、妹は「それじゃよろしく。私はお風呂入ってくるから」と言って、部屋に引っ込んでいった。
まあ、洗いものをする必要もなくなったわけだしな。
そして、俺も夜ごはんを食べ始めたのだった。
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