一章
柔らかな入学式は好きですか?
入学式の日は蜜の味
「おにいちゃん、おにいちゃん!」
「なに?」
「あやかね、あやかね、おにいちゃんのことがすき!」
「……っ! お兄ちゃんも彩華のこと大好きだよ!」
「あやかね、しょうらいはおにいちゃんとけっこんする! おにいちゃんのおよめさんになる!」
「……ちゃん!」
やくそく!
「…兄ちゃん!」
うん、約束!
「お兄ちゃんってば! 朝なんだから起きてよ!」
そんな可愛らしい声で、俺を起こす女の子が、てっ──。
「うわっ! 彩華か」
「もう、お兄ちゃんなに寝ぼけてんの? それと、きもい……」
それじゃ、さっきのは夢だったのか。てか、きもいは余計じゃね? 俺だって傷つくんだぞ! しかも、まじのやつやめろ!
「お兄ちゃんなんでニヤニヤしてんの? 超きもいよ?」
さっきの夢のことを思い出してたからなのか、俺は気づかなかったが、ニヤニヤしていたらしい。
確かにきもいな。てか、2回も言わなくていいわ! しかも、超って……。
俺がキモいのはもとからだよ!
ただ、久しぶりに夢を見た気がする。ここ何ヶ月かは見てなかったし。たぶん、初夢以来だろう。
なんだか凄く懐かしい夢を見たなぁ~。
「……兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「うわっ! て、びっくりさせるなよ」
「いや、起きたからってボケーっとしてないで、早く支度してよ! それに、早くしないと遅刻するよ?」
俺が心地よく感慨深い気持ちに浸っていると、少し呆れた様子で腰に手を当てる彩華に注意されてしまった。
しかし、なぜ急ぐ必要があるのかがすぐにはピンとこない。
今日は何かあっただろうか?
そんなことを考えてみるも、やはり思い当たるものがない。
聞き返そうと声を出そうとして、そこでやっと思い出した。
「ああ、そういえば今日は入学式か」
「もしかして、お兄ちゃんまだ寝ぼけてたの? とりあえず、とっとと学校に行く支度して、朝ごはんを食べちゃってよ!」
そう言い残して、妹である彩華は自分の部屋に行ってしまった。自分の支度でもするのだろう。あいつも始業式だろうからな。
そんなことを考えながらも、これ以上彩華に迷惑をかけるわけにもいかないので、俺もボチボチ学校に行く支度を始めるのだった。
それに、朝ごはんを食べないで学校に行くと、
「それじゃ、いってきまーす」
「はいはい、いってらっしゃい」
なんとも適当な返事をされた。
けど、妹はかわいいからな。許されれるってもんだ。
そういうのも、かわいい子の特権だ。
この感じからして、なんとなくわかってると思うのだが、俺は家では妹に頭が上がらない。
そもそも、家での大体のことは妹がやってくれている。
前に一度、なにか手伝おうとしたこともあったが、邪魔扱いされた。
俺が、そんなくだらないことを考えてると、駅についていた。
駅のホー厶へ向かうと、ちょうど電車が来たようだった。
「やっぱ、混んでるんだなぁ」
電車の中には、スーツを着た人、制服を着崩した人、私服姿? の人たちでごった返していた。
そうして、しばらくの間電車に揺られると、電車が止まる。
どこかの駅に着いたらしい。
ただ、降りる駅ではないため、乗り込んでくる乗客に押されるがまま、後方に押し込まれた。
そこで、乗り込んで来た乗客の一人が目についた。
一瞬、小学生と見間違える。目鼻立ちはとても整っており可愛く、胸は俺の妹より小さい……。
まあ、そういう子を好きになる、もの好きもいるだろう。
俺は断じて違うが……。
ただ、かわいい女の子がいたから目についたというわけじゃない。
いや、少しだけ、ほんの少しだけその気持ちもあったかも知れないが、一番の理由は彼女の様子が少しおかしかったからだ。
少し目を細めて見てみる。
痴漢、か? よくはわからないが、たぶん痴漢を受けている。
けどまあ、俺に彼を止めるほどの力はない。
自慢じゃないのだが、俺は妹よりも運動ができないどころか、体力もない。
いや、本当に自慢じゃないな。事実は事実だし、仕方ないからもう諦めている。
と、まあ、俺にどうこうできる問題でもないわけだから、普段なら諦めるところなんだが、よく見なくても彼女は俺と同じ高校の制服だ。
それも、彼女は俺と同じ一年だとわかる。
俺の高校は、学年別に違う色のリボンを着用することになってるため、同じ高校なら一目で学年がわかる。
つまり、彼女とクラスが同じであってもおかしくないわけだ。
もし、助けることができたなら感謝されることは間違いない。
ま、まあ、同じ高校だしな。
それに、今後なにかで俺が困ってるときに助けてもらうことがあるかもしれない。
情けは人のなんとやらとも言うしな。
そんなわけで、俺は彼女を助けることにする。
痴漢と彼女の間に体を滑り込ませて、肩に手を置こうとしたその時、違う場所から手が出てきて掴まれる。
それと同時に電車は最寄り駅に到着したらしい。
「さっきから、何も言わないことをいいことに、好き勝手して!」
彼女はやはり怒っているのか、そんなことを言いながら俺を引っ張っていく。
て、俺は痴漢してねぇよ!
これはまずい、確実に冤罪という名の重い罪が俺に被せられることになってしまう。
俺は、彼女にも聞こえるよう、いつもより少し声を大きくしてこう言った。
「俺は痴漢してないんですが?」
「はっ……? 嘘をついても無駄だからね! 絶対にあなたを許さないから! あなたの顔はさっき見て、覚えたんだから!」
彼女は俺の言葉を聞いてくれる様子もなく、そう言って駅事務所に向かって行く。俺の顔も見ずに。
「キャッ……!」
駅のホームに彼女の小さな悲鳴が響く。
彼女は躓いたらしく、盛大に転けた。
ただ、彼女が転けたということは、手首を掴まれていた俺もそれに引っ張っられたということだ。
何が言いたいのか?
そりゃ、いま俺は彼女に覆いかぶさるような体制で、なんとか耐えているという状況なわけだ。
そして、彼女はどこか驚いた様子だった。
俺の顔を見て、わかってくれたのだろうか。
「あ、れ?」
彼女はどこか困惑した様子で首を傾げたあと、顔が一気に青ざめていく。
「えっ……! 痴漢してた人と違う……?」
俺はとりあえず、彼女を押し倒してるような状態から解放されるべく、とりあえず起き上がる。
彼女もそれに合わせて起き上がってから、こう言った。
「助けようとしただけで──」
けど、その言葉は途中で、彼女によって遮られる。
「そ、その、ごめんなさいっ! 痴漢してた人がいたので、あの、その人と間違えてしまったみたいです……」
そもそも、俺と痴漢をしていた人を間違えてることに気づいてもらえただけでもマシか。俺は余計なことをしてしまったみたいだし。もちろん、このことは言わないでおくが……。
う〜ん、ただ、どうしたものか……。
そうして、これからのことを少し悩んでると、彼女から声がかかる。
「その、電車降りちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「えっと、その、俺もどうせここで降りる予定だったんで……」
「待って、その制服……! それじゃ、あなたも最上高校に?」
どうやら、今ごろ彼女は俺の服装を見て、同じ高校であることに気がついたらしい。
「えっ? ああ……。よかったら、一緒に学校に行く?」
「それじゃ、せっかくなので」
こうして、俺と彼女は一緒に学校に行くことになった。
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