第七話 初陣
南山関で休養を取ったレオン達一行は、ヴァーグの築いた砦に向かって進軍を開始した。
諸侯兵千を南山関防衛に残し、全ての軍団が出撃する。
南山からヴァーグ要塞まで三舎、すなわち三日の距離である。
偵騎を放ちながら輜重に合わせて進むため、早馬であれば一日と掛からない距離ではあるが、総勢三万超という軍隊が移動するのはそれだけ大変なのである。
先頭部隊であるマインラートの弓騎兵四千が夜明けとともに南山関を発し、最後尾の輜重隊が南山関を後にしたのが昼過ぎというのだから、どれだけ時間がかかるのがわかるだろう。
「レオン、随分とゆっくり進むのですね」
「先頭部隊のマインラートが偵騎を出しながらゆっくり進んでるからね。一応敵地だから輜重部隊を切り離すわけにはいかないし」
「敵地というのが辛いですね」
「すぐ取り戻せるよお義姉ちゃん」
「ええ、レオン。頑張りましょう」
「うん」
定時報告がレオンの元に来て、「敵影無し、順調に行軍中」を繰り返す。
ライフアイゼン軍は特に問題無く進軍していく。
「やっぱりマルセルの読み通りだね」
「そうですねレオン」
一見他愛のない姉弟の会話だが、やはり二人はどこか緊張している。
それは二人にとって初陣だからという訳では無いのだ。
リーザの故郷を取り戻すため、そして荒れ果てているであろうその光景を想像してしまうからだ。
犠牲者は、いや生存者はいるのだろうか。
二人は口に出さないが、一人でも多くの領民を助け出せたらいいなと強く願う。
◇
三日後、なんの抵抗も無く砦を半包囲したライフアイゼン軍のレオンの幕舎で、会議が行われている。
今現在の参加者は三品官以上の将とレオン、リーザの側近のみだ。
「
「陛下、奴らはわかっててもそちらへ逃げるしか手は無いのです」
今回重装歩兵を率いるゲオルクがレオンの言葉に応える。
「まあそれもそうか。燃え盛る防衛拠点に籠って抵抗するっていうのは流石に考えられないし」
「陛下、追撃の任はお任せください」
「マインラートの弓騎兵には敵騎兵、特に指揮官クラスを任せるよ。バルナバスの重装騎兵は徒歩の兵だね。可能な限りシェレンブルクには帰したくないけど、深追いは禁止する」
「はっ」
「お任せ下され」
「ゲオルクの重装歩兵を先頭に、軽装歩兵のオットーには砦内の制圧を」
「「はっ」」
「エルヴィンには火矢で口火を切って貰った後には、歩兵隊の突入支援を。混戦になったら退却口の方へ移動して逃げる敵兵の対処を」
「お任せあれ」
「それとさっきの軍議でも言ったけど、略奪、民衆への迫害は特に禁止する。敵兵で降伏するものにも同様だ。これに背けば死罪だと厳命しておくように」
「「「はっ」」」
「では日没前に食事をとらせたら、あとは手筈通りに」
「「「はっ!」」」
◇
レオンとリーザ派本陣の幕舎から出て砦の様子を伺う。
「そろそろだと思うんだけどな」
「レオン、上手く行くでしょうか?」
「まあ駄目なら駄目で、通常の要塞戦に切り替えるだけだから問題無いんだけどね」
と言いながらレオンは寝静まった振りをして静寂を保っている部隊の後方に並べられた破城槌や攻城櫓を眺めながら言う。
わざわざ攻城兵器を組み上げ、敵兵から見える場所の配置する事で、敵兵に明日から攻城戦だと思わせて油断を誘い、内部の工作員が行動を起こしやすくするためだ。
エルヴィンの弓兵は油壷を腰に下げ、いつでも火矢を放てるよう準備を整え待機している。
◇
もし熟練の将兵がライフアイゼン軍の様子を伺っていたら、静寂を保ちつつも殺気を放つ陣に違和感を抱いたかもしれない。
だがそんな様子もなく、明朝から始まる攻城戦に備えて十分休養せよとの命令によって一部の見張り以外は鎧を脱ぎ、既に深い眠りについていた。
そんな時である。砦内から出火と共に『裏切りだ!』『謀反だ!』の声と共に、剣戟の音がし始めたのだ。
しまった! と守将が気づいた時にはもう遅かった。
同時に砦の外から火矢を打ち込まれ、更に混乱する砦内は既に各々が目の前の状況に対応するので手いっぱいで、伝令すら届かない状態だ。
寝間着からすぐに鎧に着替え、数人の護衛を引き連れて砦の中を見渡すが、暗闇でも中の様子がわかるほど砦内はあちこちに火が放たれており、三方の門の内側ですでに戦闘状態になっていた。
いつ開門させられ、敵を招き入れられても不思議では無い。
唯一組織的な抵抗が出来ている東門はシェレンブルク方面に繋がる門であるが、明らかに誘われているのだろう。
だが活路を開くには、砦内の軍勢を纏めて、そこから一気に突破しシェレンブルクに向かうしかない。
半数でもたどり着けば御の字だろうか。
まだライフアイゼン軍は弓兵が遠巻きに火矢を打つだけで砦には取りついていないのを確認した守将は、急ぎ可能な限りの兵を集め、東門への集結を命じると共に。自身も東門に近い場所へと急ぐ。
◇
「ではオットー将軍、お先に失礼いたします」
「ゲオルク将軍、我らの分も残しておいて下され、我が兵は調練がまだ完全ではないですからな」
「ははは。オットー将軍の手腕あらば調練不足でも問題無いでしょう。ですが我が兵では手に余りそうですので、支援の方よろしくお願い致しますぞ」
「感謝いたします。いつでも合図をお待ちしていますでな」
「お任せください」
そういうとゲオルクは自信の率いる重装歩兵を砦に向かって進軍させる。
現在ゲオルクのいる南門の他、北門、西門にもそれぞれ千の重装歩兵を配しているが、長年使えてきた副官に指揮は任せている。
エルヴィンの率いる弓兵の火矢もまだ一定の間隔を置いて放たれているが、そろそろそれも終わるだろう。
「よし、前進する。門が開いたのを確認次第一気に突入する」
「「「はっ」」」
砦内から聞こえる声や立ち上る黒煙を見たゲオルクは、攻城兵器は必要なしと判断し、己の兵のみでゆっくりと前進する。
砦から燃え上がる火によって、わずかながらも進行方向が照らされているので足元の不安はなく、粛々と兵を進める。
そろそろ敵の矢頃だろうという所まで来るが、敵から矢の攻撃は無い。
無人の野を進むが如く前進を続けていると、南門が開きだした。
「よし、門が開くぞ。一気に門にとりつき敵兵を排除して門を確保する。家鴨の羽を兜に着けた兵は味方だから注意せよ!」
「「「はっ!」」」
「全速! 前進!」
そういうとゲオルクは重装歩兵を走らせる<・・・・>。
長時間の全力疾走は無理だが、一気に敵兵との距離を詰めるこの運用は、ゲオルク率いる重装歩兵の切り札だ。
あらかじめ決めていたのだろう、全力疾走のまま横陣から縦陣に陣形を変え、一気に門にとりつくと、周囲の敵兵を一掃する。
内部に潜り込んでいた工作員を砦から出して保護するとともに、少しずつ支配範囲を広げていく。
重装歩兵が全力疾走したのを見て取ったエルヴィンは、「また無茶な運用をする」と苦笑しながらつぶやくと、弓兵に火矢を打つのを中止させ、東門への移動を指示する。
門周辺を確保したゲオルクは、副官に指示を出す。
「よし、オットー将軍に合図だ」
「はっ」
◇
「順調ですねレオン」
「そうだねお義姉ちゃん。俺達も東門に移動しよう」
自身は近衛騎兵千百を率いて後備を統括するレオンが答える。
「ええ」
「ヘレーネ」
「はっ」
ヘレーネが、「東門に移動する!」と声を出し、騎兵のみで構成された近衛騎兵が横陣のまま東門へと動き出す。
輜重や予備兵、傭兵、諸侯兵など今回は後備にされている兵も同時に移動するために速度は遅いが、レオンが東門に到着する頃にはマインラートとバルナバスは敵兵掃討にかかってる頃だろう。
ランベルトの残した策によってほとんど被害を被ることなく敵拠点を攻略できたのは幸いだが、レオンは既に本番ともいえる次のシェレンブルク攻略戦に思考を奪われていた。
「レオン、まだ終わっていませんよ」
「っ、そうだった。ありがとうお義姉ちゃん」
「いいえ、常に一手先を考えるのも大事ですけれど、今現在の状況をおろそかにしてはいけませんよ」
「うん、気を付けるよ。まだまだ油断できないしね」
「ふふふっ、お義姉ちゃんはいつだってレオンを見ているんですからね」
「ありがとう。助かるよお義姉ちゃん。どうしても色々考えちゃうから」
「ええ、初陣ですしね。お互いに気を付けましょうね」
「うん」
暗闇で足元がおぼつかない中、ゆっくりと軍を進めていく。
砦に放たれた火と、月によって僅かに照らされた道を進んでいくが、近衛騎兵の練度は問題無く夜間行軍にも耐えるようだとレオンは安心する。
「レオン様、姫様、口取りを致しましょうか?」
イングリットが声を掛ける。
「俺は大丈夫だけどお義姉ちゃんは?」
「私も大丈夫ですよ。イングリット、ありがとう存じます」
「いえ、いつでもお声を掛けてください」
「ありがとうイングリット。その時は頼むよ」
「はっ」
◇
「さて、東門が開いたな」
バルナバスが砦の東門を眺めながらマインラートに話しかける。
「ゲオルク将軍とオットー将軍の連携は見事ですな」
「ゲオルク将軍はローゼ公麾下だったからオットー将軍とは初めての連携でこの手並みですか。流石陛下が見出しただけのことはありますな」
「事実我らの麾下でオットー将軍が兵を率いた際もその手腕は評価されていました。先代様が見出して、陛下が大抜擢をする、そしてその期待に見事応える将、我らも負けてはおられませんな」
「ですな。っと、早速そのオットー将軍に追い立てられて敵兵が出てきましたぞ」
「ではまず我が弓騎兵が追い立てます」
敵兵が組織だってない状態で、東門から一斉に飛び出てくる。
開け放たれた門からは砦内の火の明かりで逃げ出す敵兵を照らしていて、まるで巣に火をつけられた蜂のようだった。
マインラートはすぐに逃げる敵兵を追わない。
少しでも「これで逃げられる」という心理状態にさせてから襲い掛からないと、決死の覚悟で抵抗されるからだ。
敵兵の完全殲滅ならばそれでも良い。
だがレオンの目指す最終目的は大陸の統一なのだ。
こんな初戦で兵力を減らすのは馬鹿げている。
「歩兵は我ら重装歩兵が狩りますので、敵騎兵と敵指揮官の討滅はカウフマン将軍にお任せいたす」
「いやはや、初戦からこんなに美味しい任務が回ってくるとは後が怖いですな」
「シェレンブルクの決戦では我が重装騎兵の番ですからな、ここはカウフマン将軍にお譲りします」
「ははは、ではそうさせて頂きます。無論次の戦でも手柄を譲るつもりはないですが」
「ご武運を」
「グナイゼナウ将軍にもご武運がありますよう。では」
マインラートが自身の周囲に侍る副官に声を掛けると、この暗闇の中、日中と変わらぬ速度で待機している弓騎兵の元へ駆けていく。
「我らの出番はもう少しか」
マインラートの率いる弓騎兵隊が、逃走している敵騎兵をゆるゆると追い始めたのを確認すると、バルナバスは未だに東門から飛び出してくる敵兵を眺めながらそう呟く。
追撃は非常に難しい。
すぐに追撃をかけてしまうと、もう逃げられない位なら一兵でも道連れにしようと死兵と化して抵抗し、こちらの損害が増える。
かといって損害を抑えようと追撃をかけるのが遅くなると結果的に敵兵を多く逃がしてしまうことになる。
バルナバスは一番効率よく敵兵を狩る機会を探っていた。
◇
レオン一行が東門を見渡せる場所までたどり着くと、既に砦内の制圧は概ね済んだようで、東門から敵兵を追い立てるオットーの軽歩兵が見えた。
既にバルナバス率いる重装騎兵も追撃に出たようで、この戦いは勝利で終わったと言ってもいいだろう。
「あとはこちらの損害だけどね」
「大丈夫ですよレオン。バルナバスもマインラート歴戦の将ですし」
「うん、そうだね。伝令、敵捕虜を一纏めにして諸侯兵に監視させ、残りの兵は各々予定されていた場所に集結、順次休息を取れ」
「はっ!」
近衛騎兵の数騎がレオンの命令を伝えに飛び出していく。
「テオバルト」
「はっ。幕舎を!」
「「「はっ!」」」
テオバルトの号令でこの場を仮の本陣としてレオンの幕舎のみ設営する。
周囲に簡単な柵を配し、篝火をたく。
本来なら総司令官たるレオンの居場所をわざわざ教えるのは禁忌なのだが、周囲に敵が既にいない事、各部隊との連絡を密に取る必要があることなどから、レオンの存在を周知させる必要があるのだ。
勿論最精鋭の近衛騎兵千百騎の存在があるからこそできる芸当なのだが。
今日はこのまま休憩し、日が昇ったらシェレンブルクへ進軍する予定だ。
大分火災も消えてきたなと外から砦を見ているレオンに、伝令が駆け寄ってくる。
かがり火に照らされたレオンの設営中のレオンの幕舎を確認した伝令兵は、下馬し、馬を引き連れて徒歩でレオンの近くまで歩いてくる。
「オットー将軍より伝令です」
「うむ」
「こちらの損害は皆無です。 また砦内の敵兵力は全て降伏か死亡、もしくは東門より逃走しました。これより捕虜の兵を諸侯兵に引き渡し次第、東門より出て、半舎程の地点で兵を纏め、バルナバス将軍、マインラート将軍と合流するとの事です」
「えっ、死傷者が一人もいないのですか? それに半舎……、今から半舎も軍を進めるのですか?」
リーザが少し驚きながらその伝令に問う。
「はっ、予定より大分掃討が早く順調に済みましたので、その分先にてお待ち申し上げるとの事です」
「いやはや、オットーは張り切り過ぎじゃないのかな。兵を疲弊させない限り許すと伝えよ。それと明朝、バルナバスたちの捕えた捕虜を輸送する兵を差し向けるからそれまでの監視を任せる」
「はっ! 承知いたしました! では御前を失礼いたします!」
レオンの前で騎乗し、走り去っていく伝令を見て、リーザは思わず声を出す。
「歩兵でこの機動運用というのは兵法書でも考えられませんね」
「シェレンブルク攻略戦が終わったら多めに休養日を与えないとだね。テオバルトもその辺注意してあげて」
「はい、可能な限り決戦後には休息を取れるよう差配いたします」
その後は各将軍からレオンへと次々に伝令が届く。
また、南山関に向け、捕虜を輸送するための手筈も整える。
レオンとリーザが仮眠を取れたのは日の出前の一刻程だった。
すべての報告をまとめると、ライフアイゼン軍の死者は無し、重軽傷者五十八名、ヴァーグ軍は死者千余名、捕虜二千三百二十九名、無事シェレンブルクへ帰還できたものは三千強とライフアイゼン軍の完全勝利に終わった。
後世に書かれた書物では、皇帝レオンの初陣は史上類を見ない程の、奇跡のような完全勝利であったと記されることとなる。
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