第八話 シェレンブルク決戦


 砦攻略後、シェレンブルクまであと三舎という所でバルナバス達との合流を終えたレオン達は、そこで軍を休ませる事にした。

 まだ日は高いが、昨日の戦闘での疲労と怪我の手当てを考えてである。

 勿論シェレンブルクに駐留する三万の兵に迎撃の準備をする時間を与えることにはなるが、追撃戦での戦果が予想以上だったこともあり、捕虜の移送などにも時間が取られたためという側面もあった。



「では陣形は横陣という事でよろしいですね」


「うん、基本的にはそれで行こう。敵の陣形を見て臨機応変に対応できる利点もあるし」




 ゲオルクとレオンの会話は、現在四品官以上の将官をレオンの幕舎に集めて行われている。




「陛下、我が軽装歩兵の陣形に関してですが……」



 オットーが机の上に広げられたシェレンブルク郊外の絵図面の上に並べられた駒の内、自身の率いる軽装歩兵の駒を少し動かす。



「まずはこのように布陣したいと思います」


「特に問題はないように思うけど」


「今回、敵は中央突破を狙ってくる陣形と予想します」



 幕舎の中がオットーのその言葉に少しざわつく。



「……理由は」


「簡単です。陛下の首級を取ればこの戦は終わり、ヴァーグ王国の領土が一気に二倍以上に膨れ上がりますから」


「たしかに……ただし兵力は互角ですし、ヴァーグ王国にとってはここでイチかバチかの決戦を挑む理由がありません。通常の城外決戦ならまだしも、敵総指揮官の斬首作戦など、失敗すれば軍が崩壊します。わざわざ軍を退ける拠点を背後に抱えながらです」



 マインラートが考えながらも疑問を口にする。



「たしかにヴァーグ本国には一万の兵が健在ですし、ガビーノの援軍を得ればシェレンブルクでの籠城戦に活路は開けましょう、しかし現在シェレンブルクには兵糧がほとんどありません」



 ゲオルクが、「それに」とオットーの言葉に続く。



「僅かに残された住民も、降伏した一部の兵も非協力的との話です。籠城の選択肢はほぼありません。砦を失った経緯も伝わってるでしょうし」


「それでお義姉ちゃんの存在も大きいって事か……」


「……はっ」



 ローゼ公配下でもあったゲオルクが答えに窮しながらも肯定の言葉を吐く。



「どういう事ですかレオン?」


「旧ローゼ公派の唯一の希望であるお義姉ちゃんがここでいなくなれば統治も上手く行くし、俺の命がなくなれば後継者のいないライフアイゼン王国も簡単に支配下に置けるからね。兵糧も無い状況だからここで一気に片をつける作戦を取るんじゃないかっていう事だよ。兵糧不足も解決するしね」


「……なるほど、では私がお役に立てるわけですね」


「姫様!」


「良いのですゲオルク。短期決戦はこちらも望んでいる事。そもそもレオンが親征を選択したのはこういう戦い方、相手の取る戦術を限定させることに有ります。わたくしは皆様のお力を信じておりますしね」


「そこで、少しこの布陣から、敵が正面突破を図ってくる場合はこのように部隊を動かしたいと思います」



 オットーが絵図面の上に並べられた駒を次々と動かしていく。



「なるほど……オットー、これは上手く行けばまさに乾坤一擲の戦いになるね」


「オットー将軍! しかしこれでは……」


「ゲオルク将軍の率いる重装歩兵の負担が大きいですが、これならば完全殲滅が可能と推測します」


「オットー、俺に異存はない。しかしこのように兵を動かせるのか?」


「お任せください。我が配下の将校には歴戦の百人長を多数配しております。共に長年戦場を駆け回った友とも呼べる連中です。陛下には敵の攻勢が止まった瞬間に合図をして頂ければ、一気にこちらが主導権を握れます」


「お義姉ちゃん、俺は良いと思うけど」


「ええ、レオン。わたくしもこれで問題無いと思います」


「みんなはどう?」


「陛下と姫殿下がご納得されたのでしたら、あとは我らの仕事です。必ずやこの戦、陛下と姫殿下の為に勝利しておみせします」



 バルナバスが真っ先に口を開くと、他の将も肯定の意思を表明する。



「ではこの作戦で行く。とは言え明日の敵の布陣が中央突破を狙ったものでなければ、通常通り横陣での対応とする。同兵力であれば負ける要素はないからね」


「「「はっ!」」」





 基本方針を話し合った夜から二日後、遂にシェレンブルクより一舎、つまり軍が一日で行軍できる距離までたどり着く。

 偵騎を間断なく放ちつつ、行軍を続けていると、ついに敵影見ゆの報告が届く。



「レオン様、やはりヴァーグ軍はシェレンブルクを背後に城外にて布陣しているとの事です」



 偵騎からの報告を受けたテオバルトがレオンに報告する。

 その表情はやや硬い。



「馬防柵は?」


「ありません」


「なるほど、中央突破でくるか」


「はい」


「伝令、各将にその旨を伝えよ」


「「「はっ!」」」


「ではこちらも敵の布陣に合わせて陣形を整えつつ敵と対峙いたしましょう。ここで隙を見せても意味がありませんから」


「と言ってもゲオルクの背後に布陣するだけだけどね」







 ヴァーグ軍に邪魔されることなく布陣を終えたレオン達は、沈む夕日を眺めながら温かな夕食を摂る。



「戦場で、しかも敵兵を眺めながら摂る食事って言うのも不思議な感覚だね」


「ふふふっ、でもレオン、常に緊張していても疲れてしまいますからね。明日に向けて英気を養わないと」


「テオバルト、敵陣に動きは無いんだよね」


「はい。警戒は怠りませんが、やはり夜襲は無いと思われます」


「そうか、ありがとう。テオバルトも十分体を休めるようにね」


「そうですよテオバルト。お城を出てからずっとテオバルトは色々雑務が合って忙しかったではないですか」


「ご配慮くださりありがとうございます。レオン様、リーザ様」



 緩やかな空気がレオン達の間に流れる。

 みなこころでは思っているが口には出さない。

 ひょっとしたら落ち着いて食事ができるのは今日が最後かもしれないという事を。



 ――決戦は明日







 日が昇り始めて一刻程経過した。

 ライフアイゼン軍は中央前備に軽装歩兵、軽装歩兵の後ろに弓兵、左翼に弓騎兵、右翼に重装騎兵を備えた基本的な横陣形に加え、中央の中備えに重装歩兵を配し、後方に本陣である近衛騎兵を配したやや中央を厚めにした布陣だ。


 対するヴァーグ王国軍は、両翼に騎兵を配してはいるが中央をライフアイゼン軍よりも厚くした陣形だ。



「そろそろですかレオン?」


「そうだね、テオバルト!」


「はっ! 双頭の獅子旗を揚げよ!」



 テオバルトが指示をすると、青地に金糸で縁取られ、双頭の獅子が同じく金糸で描かれたライフアイゼン王国の旗が掲げられる。



「テオバルト、わたくしの旗もお願いします」


「はっ! 姫殿下の旗を掲げよ!」



 テオバルトの指示で、赤地に銀糸で縁取られ、同じく銀糸で描かれた獅子の旗が掲げられる、ローゼ公国の旗だ。



『うおおおおおおおおーーーーー!』



 それを見たローゼ公配下の生き残りが多数配備されている重装歩兵の中から声があがる。

 今回の戦いは、単純な領土争いではない。

 ライフアイゼン王国民にとっては先代王ランベルトの雪辱戦であり、ローゼ公国民にとっては故郷を取り戻す戦いなのだ。


 にわかに勢いづいたライフアイゼン軍を見て取ったのか、ヴァーグ軍が前進を開始する。

 ライフアイゼン軍は昨日簡単な馬防柵を軽歩兵の前に気づいていた為、迎撃の構えだ。

 だが両翼から敵騎兵の攻撃を受けるわけにはいかないと、左翼の弓騎兵、右翼の重装騎兵が互いの目の前の騎兵隊に向け動き出す。


 ヴァーグ軍を矢頃に捉えた弓兵が一斉に矢を放つと同時に、左右両翼の騎兵部隊もぶつかる。



「始まったね」


「ええ、レオン。相手の攻勢を受け止めればこちらの勝ちなのですよね」



 兜を被りながらレオンとリーザが言葉を交わす。



「うん、ただ重装歩兵が抜かれたら近衛騎士で受け止めなきゃならない。ヘレーネ、準備は一応しておくように」


「はっ、すでに指示は出しております」



 弩兵の放つボルトも、弓兵の矢の雨も潜り抜けてきたヴァーグ軍の歩兵が遂にライフアイゼン軍の前線とぶつかる。

 簡単に作られた馬防柵もあっという間に引き倒され、混戦状態に陥るが、オットー率いる軽歩兵隊は矢の雨を潜り抜けてきた敵歩兵の勢いをまずはそのまま受け止める。

 小隊単位で空間を取って布陣したその陣は、敵兵に押されるものの突破は許さない構えだ。

 それをいくつも並べたオットーの部隊は、どんどん押し込まれていく。


 ヴァーグ軍も、ライフアイゼン王国の歩兵は弱兵とみたのか、より押し込まれている中央に向かって偏っていく。



「よし、今だ。旗を振れ」



 オットーが側に控える副官に合図をすると、オットーの旗印である有翼獅子の旗が大きく振られる。

 自身の旗に獅子を用いる事が出来るのは王族とその連枝だけだ。

 しかしオットーは前将軍就任祝いとして旗印を持つ権利を与えられ、レオンから獅子の使用を許され、リーザから有翼獅子の意匠を提案されて使用している。


 有翼獅子旗を見た歩兵が、中央を境に二分割して中央に敵を誘い入れる。


 歩兵の壁が取り払われた後には重装歩兵が待ち構えているが、ヴァーグ軍の勢いは止まらない。

 オットーの歩兵隊と当たった時よりかなり勢いが削がれているが、まだ十分な突破力を保っている。

 むしろ敵歩兵の前備を突破したと士気が上がったまま、重装歩兵隊とぶつかる。


 ゲオルク率いる重装歩兵隊は、オットーの軽歩兵隊とは違って密集陣形を取っている。

 ドカン! と敵歩兵と激突し、何人かは圧死したのではないかという程の勢いの乗った突撃を受けるが、ほんの少し陣形をゆがめるだけで敵の攻勢を受け止めた。


 受け止めたと言ってもそれは一瞬だ。

 すぐに後続が続くし、敵兵は軽歩兵隊を突破した穴を広げようと中央へと攻撃を集中するのだ。



「今だ! テオバルト 太鼓を叩け! 一気に攻勢に転ずる!」


「はっ! 太鼓だ!」



 両翼の騎兵も本陣から聞こえる太鼓の音を合図に、一気に攻勢に出る。


 左右に分割された歩兵は、それぞれアロイスとフリッツが率いてヴァーグ軍を半包囲するように両翼を大きく広げるように隊を動かす。

  エルヴィンの率いる弓兵も、敵中央に矢の雨を降らしながら歩兵隊の動きを支援していく。


 勢いに乗っていたヴァーグ軍ではあったが、重装歩兵隊に一瞬足を止められ、左右から包囲されつつある状況を見て一気にその勢いを無くす。


 ライフアイゼン軍本陣から攻勢を意味する太鼓が連打され続け、突破した歩兵にいつのまにか左右に回り込まれているのだ。


 更に悪い事に両翼の騎馬隊がライフアイゼン軍に蹴散らされ、その部隊がヴァーグ軍後方に回り込む気配を見せた瞬間に、ヴァーグ軍の士気が崩壊する。

 後方の部隊が、包囲される前にシェレンブルク城に逃げ込もうと後退を始めたのだ。



「よし、傭兵隊行くぞ」



 が、派手な衣装を纏い、ツヴァイハンダー一本でライフアイゼン軍歩兵隊の隙間から躍り出るように飛び出していく。

 傭兵隊は敵陣に深入りすることなく次々と敵歩兵の槍の穂先をツヴァイハンダーで切り落としていく。

 槍衾が作れなくなったのを見たライフアイゼン軍の歩兵隊が一気に距離を詰め包囲を形成させていくと、敵軍はあっという間に混乱に陥り、組織だって防御陣形を取る事が出来なくなる。


 包囲するために兵を薄く伸ばした格好になったが、抵抗の弱まった敵を相手にするには問題がない。

 アロイスとフリッツは敵の状態を見て更に両翼を伸ばすべく予備兵すら投入して包囲をしていく。

 弓騎兵と重装騎兵は、逃走する騎兵を追わず、ヴァーグ軍の後方に蓋をするように兵を並べる。



「ヘレーネとイングリットはどう見る? 突破されそうな場所はあるかな?」


「今の所、そのような場所には各将軍が兵を多く集めていますので問題は無いかと思います」


「ただ各将、予備兵も全て使ってますので注視は必要です。突破口が開かれたら士気が戻って厄介な事になるでしょうし」


「わかった、テオバルト、諸侯兵と予備兵も包囲に参加させて」


「はっ。まだ抵抗の強い場所の後ろ備えとして出しますね」



 テオバルトが指示を出し、手薄になりそうな場所に兵を配置していく。



「ふう、終わったねお義姉ちゃん」


「ええ、机上演習図と同じように展開しましたね」


「オットーがここまでの戦略家だったとはね」


「ここまでの完勝というのは史書でもなかなか例がないのではないですかレオン」


「物語ならあるけどね、ただ史書に書かれている事でも大分盛られてたりするから」


「流石お義父様の見出した将軍たちですね。兵を手足の如く自由に動かしていました」



 シェレンブルク決戦は三万余のライフアイゼン軍が、二万八千のヴァーグ軍を包囲殲滅して完勝するという結果に終わった。

 のちの史書には皇帝レオンが一兵卒から見出した建国の英雄オットーを総司令官に任じ、自身の旗を預け、ライフアイゼン軍の倍の兵数を持つヴァーグ軍を完全包囲し、一兵も残さずこれを誅滅したとする偽書も出回るほど、この戦いは後世で議論よ呼ぶほどの伝説となるのだった。

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