第六話 南山関
城の正門である宮城門を騎乗のまま抜けるレオンとリーザ。
門を抜けた瞬間に護衛や側近達は騎乗する。
城内の敷地での騎乗は王族のみの特権だからだ。
煌びやかな鎧を纏う近衛よりも更に煌びやかな鎧を纏うレオンとリーザ。
レオンは王族の着ける純白に金色の装飾が施された鎧を纏い、国の色である青に金糸で縁取られたマントを鎧の上から纏っている。
愛馬シャルンホルストも、同様に純白に金色で装飾を施された装甲を纏い、右側に長槍、左側に片手半剣を下げられている。
レオン自身は左腰に儀礼剣、右腰に左手短剣を佩いている。
リーザの鎧も純白に金の装飾が施され、レオンと似たような意匠ではあるが、より女性らしさが強調された近衛に近い物となっている。
ローゼ公国の色である真紅に銀糸で縁取られたマントを纏い、鎧と同じく純白に金色で装飾された巨大な馬上槍を、同じく純白と金色で装飾された装甲を纏ったブリュンヒルトの右側に下げ、左側にツヴァイハンダーを下げている。
左腰にはリーザの為に特別に拵えられた細身の片手半剣が、控え目だが流麗な意匠の鞘に納められた業物が佩かれている。
「お義姉ちゃん、その髪型は新鮮だね」
「後ろに纏めないと邪魔になってしまいますからね」
リーザは長い金髪を後ろに纏め、華やかなリボンで縛っている。
レオンとリーザの兜はそれぞれの護衛が側で掲げているので、戦闘ギリギリまで被ることはないが、リーザの兜は今の髪型でもそのまま被れる特別製である。
「ヘレーネは元々後ろで結わえていたけど、近衛ってみんな髪が長いよね? 邪魔じゃないの?」
「えーとそのですね、大変恥ずかしいのですが」
リーザの横にいるイングリットが少々言いづらそうにレオンの質問に答える。
武人然とした必要最低限の事しか喋らないヘレーネではこういう時に役に立たないと、イングリットは自分の同僚に少し抗議の目を向ける。
言葉遣いがまだ怪しいが、レオンも周囲も気にしない。
ハイデマリーやエリーザベト始め、配下の近衛とは模擬訓練と称して既に上下の格付けは済んでいる。
ヘレーネとイングリットは、平民出身ではあるが、腕っぷしで近衛の指揮官として堂々と君臨したのだ。
左右の近衛中将であるヘレーネとイングリット同士の勝負は五分五分で、騎乗状態ならばイングリットがやや有利、地上戦ではヘレーネがやや有利という戦績だ。
「喧伝部隊と言いますか、戦意高揚部隊と言いますか、一目で女性武官と分かるように、そして女性として見目麗しく保つことで、軍の威容を周囲に見せつける。という名目で近衛府を創設したので、一番女性武官というのがわかりやすい髪を出来るだけ伸ばすようにとのお達しなのです。その為に、特別な洗髪剤や化粧道具なども支給されています」
「うわぁ」
「でもヘレーネもイングリットもハイデマリーもエリザーベトも皆素敵ですよ!」
「まぁでも邪魔になるだろうから縛って良いんだよ? ヘレーネみたいに」
「ええと、武器を振るった時や騎乗してる時に、髪が舞うように流れるのを奨励されていまして......」
「私は双剣を使うため、流石に縛るのだけは許可して頂きました」
「誰だよそんな事を決めたの」
「それが......御先代様なのです」
「何やってんだあの人は。それじゃマルケルでもどうしようもないな。俺が王権発動しても良いけど、ある程度近衛の実績を示してからじゃないと難しいかな」
「でもレオン、その名目のおかげでここまでの数を揃えられたのですから」
リーザに言われて周囲を見渡す。
近衛兵は全員既に兜も被っている。
たしかに全員長さに差はあるが、兜の裾から髪が流れるように出ている光景は異常だとレオンは今更ながらに気づく。
しかも支給されたという洗髪剤のおかげか、朝日を浴びて美しくキラキラと髪が輝いている。
一般兵の兜よりも明らかに露出面積の大きい部分から覗く顔にも、うっすらと白粉が塗られ、唇の艶も増しているようだ。
煌びやかな近衛の黄金色の鎧は、かなり女性を意識した意匠であり、装飾過多でありながらも、より女性としての魅力を引き出すものとなっている。
貴族の女性は、基本的に髪を伸ばす傾向がある。
髪の美しさを保つのも貴族の嗜みであるからだ。
職務遂行の為に短くする女性はいるが、弟に自分の服を着せてからかう為だけに髪を短くする女性はクララ以外には存在しない。
なので殆どの近衛兵は長髪なのである。
千人以上の女性武官全てが見目麗しく、化粧をして、輝く長髪を靡かせているというのは異様な光景である。
人も馬も重装甲を纏った重装騎兵は見た目も威容を誇るが、目を引く度合いで言えば近衛兵には敵わない。
民衆は軍の移動というのを間近に見ることは少ない。籠城戦を行うといった緊急時以外には、軍は王都に入れなからだ。
だが王都を守護する兵衛兵、王城門を守護する衛門兵、そして王族を守護する近衛兵のみは王都内で行動ができる。
その為、近衛兵は王城からの出陣となるのだが、レオン率いる近衛部隊は宮城門から行進し、そろそろ貴族門を越える。
レオンは、民衆から浴びる視線を考えると頭が痛くなるのであった。
貴族門を越え、商業区画の大通りに入った瞬間歓声が上がる。
『うおー! すげー! なんだあの部隊!! 美しすぎるだろ!!』
『キャー! 純白の鎧を纏ったリーザ様かわいーー!! 手を振ってーー!!』
『姫さまー! 頑張ってー!』
『レオン様ー! 王様ー! 頑張れー!』
『リーザ様ーこっち向いてー!』
近衛兵は、レオンとリーザが民衆にも見えるように規則正しく動き、空間を開ける。
護衛がわざわざ隙を作って何してんだこいつら、戦意高揚というかただの人気取りだなこれじゃと思う反面、この短い期間でこの練度は頼もしいなとレオンは思う
声援に応えて手を振り、笑顔を振りまくリーザを見てレオンは頬を緩める。
この国の民衆はとても明るく、楽しそうにしている。
ランベルトから受け継いだこの国を守る為にも、頑張ろうと決意を新たにするのだった。
◇
レオン一行は歓声を背に、王都の北門を抜け北上する。
足の遅い輜重隊を切り離しているとはいえ、南山関までは二日の行程である。
「そういえば、テオバルトも近衛の鎧なんだね」
「王の側に侍るのだから、それにふさわしい恰好を、という事でそうなりました......」
レオンのやや後方で、近衛と同じ装甲を纏った馬に跨るテオバルトの纏う鎧は、近衛のそれと同じ物である。
何故か化粧までしているテオバルトは、兜の裾から髪が出ていない以外は女性武官と見分けがつかない程だ。
そしてその隣で、テオバルトとそっくりな女性が口元をひくひく僅かに動かしている。
わざわざテオバルトと同じ毛色の馬まで用意したクララである。
クララもまた近衛と同じ鎧を纏い、兜の裾から僅かに見えている赤い髪以外は、テオバルトとまったく同じ姿だ。
「本当に見分けがつきませんわね......。化粧まで......テオバルト、とても綺麗ですよ!」
「お義姉ちゃん、悪気が一切無いのはわかるんだけど、少しそっとしておいてあげて」
「うう......」
テオバルトは思わず胃に手を伸ばすが、鎧に阻まれる。
それを見てレオンは思わずため息が出るのだった。
「わたくし、フリーデリーケの鎧姿を見るの初めてです。素敵ですよ」
「ありがとう存じます。そうですね、姫様の前ではお見せしたことがありませんでしたね。父様との訓練の時などは着ていましたが、ここまで立派な鎧というのは初めてです」
「そういや城下に遊びに行った時も皮鎧じゃなくて女官服のままだったっけ。未だにあの皮鎧の意味がわからないけど」
「ゲオルク直伝の腕前なら安心ですね、フリーデリーケ」
「足手纏いにならないよう努めますね、姫様」
何度か休憩を挟みつつ行軍を続ける。
「オットーは大丈夫かな?」
オットーは新兵の軽装歩兵五千を引き連れ、騎馬で構成されている近衛兵より一日遅れで南山関に到着する予定だ。
レオンの一言になんとか気を持ちなおしたテオバルトが答える。
「シュリック将軍は、少しでも練度を上げながら行軍するとの事でしたが」
「一日遅れで到着ってのもどうなんだろう? 早すぎない? 一応翌日に丸一日の休養を許可してるけど」
「急行軍や夜行軍の訓練を行いながらという事のようですからね、そこそこの強行軍になりますよ」
「一日の休養で大丈夫かな? 俺達が到着した翌日には宣戦が布告されるから、念の為に一日置くとしても休養明けに出陣予定だけど」
「歴戦のシュリック将軍の事ですから、その辺りは十分考慮されてると思いますよ」
テオバルトの答えに安心したレオンはふと空を見上げる。あと一刻程で日没だろうか。
「テオバルト、そろそろかな?」
「そうですね、順調に予定通りの距離を移動できましたし、今日はこの辺りで野営に致しましょう」
「ヘレーネ」
「はっ」
レオンに声を掛けられたヘレーネは側にいる近衛兵に目配せをする。
その近衛兵は、「御前失礼致します」とレオンとリーザに声を掛け、先頭に向かって髪を靡かせながら駆け出していく。
そのまま行軍を続けていると、やがて前方から「行軍停止!」の声が聞こえ始め、前方から順番に停止していき、次々と陣幕が張られていく。
◇
陣幕が張られている間に食事を済ませ、王都や南山関から来た伝令の報告を受けたり、ヘレーネ達との打ち合わせを終えた頃にはすっかり陽が沈んでいた。
レオンとリーザは、フリーデリーケの用意した茶を軽く飲んだ後、陣幕の内部を確認していた。
「で、なんで寝台が一つなの?」
「レオン、良いではありませんか! わざわざ寝台を二つ用意するなんて荷物になりますし、寝台は大きいのですから姉弟で使いましょう!」
周囲を近衛の陣幕に囲まれた中央に一際巨大な陣幕が張られている。陣幕全体に絨毯が敷かれ、内部は複数の空間に仕切られている王族専用の幕舎だ。
出入り口に近い場所には大きな机などが置かれ、将軍達が集まり作戦会議を行えるほどの空間がある。
さらに内部には簡易ではあるが、トイレや湯浴みが出来る設備等と共に、寝室や執務が出来る部屋まで用意されていて、本陣たるべき機能を備えている。
寝台や机などの大型設備を始め、全て組立式で作られており、数十の馬によって分割、積載され運ばれた物だ。
「二床も置くと狭くなりますので」
さらっと答えるクララ。
もちろん口元がひくひくしてるのは言うまでもない。
隣で全く同じ姿のテオバルトが「すみませんすみません」とひたすら謝っている。
「流石ですねクララ! わたくし、クララを少し誤解しておりました!」
「勿体ないお言葉です。湯浴みの準備も出来ておりますので、どうぞ御身をお清め下さいませ」
「レオン! 寝る前に湯浴みをしましょう! お義姉ちゃんがレオンを洗って差し上げます!」
「お義姉ちゃん、俺は後でいいから先に湯浴みしてよ」
「いいえ! 一緒に湯浴みしましょう! 大丈夫です! ちょっとだけですから! ちょっとだけですから!」
まーたおかしな事言い出したなとレオンはため息をつくと、リーザをふんわりと抱きしめる。
「お義姉ちゃん、先に湯浴みして寝台で待っててくれる? すぐ俺も行くから」
「っ! わかりました! お義姉ちゃん先に湯浴みして寝台で待っていますね! フリーデリーケ、手伝って頂けますか!?」
「かしこまりました姫様」
いつの間にか鎧から女官服に着替えていたフリーデリーケが、リーザの後を追って仕切りの向こうに姿を消す。
「レオン様すみませんすみません、うちの姉がすみません」
「大丈夫だよテオバルト、クララは俺の嫌がる事はしないから。最近ちょっと行き過ぎな気もするけど」
「恐縮でございます」
「誉めてる訳ではないんだけれどね、クララ。二人供鎧を脱ぐのを手伝ってくれる? お義姉ちゃんが出てきたら湯浴みをするから」
「かしこまりました」
今夜はずっと離してくれないんだろうなーと思うレオンだった。
◇
翌日、レオンとリーザは近衛兵達が陣幕を片づけている間に食事をした後、行軍を再開する。
領内である為、特に問題無く日が傾き始めた頃に南山関に到着した。
南山関に到着すると、鎧を脱ぐ間も無くすぐさま軍議である。
関守の間を仮の王の間とし、まずはゲオルクから南山関守将の印綬と兵符を返納させ、改めて安北将軍の印綬と兵符を与える。
ファルコ王国との同盟の使者に行っていたヘルムートは昨日に南山関に到着し、ゲオルクに詳細を報告した後、今はレオン達が使った軍用道路では無い小道を使って最短距離で王都へ向かっている。
ヘルムートの報告は、第二皇子は殺害され、セントラルガーランドの城壁に首級が掲げられているとの内容だった。
その後各部隊の報告を聞いたレオンは、三品官以上の将を残し、夜番以外は体を休めるように通達する。
今この場にいるのは、レオンとリーザ、側近のテオバルト、護衛のヘレーネとイングリット、侍女のクララとフリーデリーケ、バルナバス、マインラート、ゲオルク、エルヴィンの十一名のみである。
オットーも従三品前将軍だが、南山関への到着は明日の予定である為未参加だ。
「バルナバスもゲオルクも、娘や息子と会うのは久しぶりじゃないの? この会議が終わったら少し時間をあげるけど?」
親交の深い配下のみとなったので口調を崩すレオン。
リーザもレオンの横に設えられた椅子の上でほっと息を吐く。
「陛下、お心遣いはありがたいのですが、フリーデリーケは家でもそっけないので、時間を頂いてもお互い気まずくなるでしょう」
「ゲオルク、フリーデリーケは少し照れてるだけですよ。お茶の一杯くらいは付き合って差し上げてもよろしいのではなくて?」
「姫様、ありがとうございます。しかしゆっくり父娘の会話を楽しむのは戦後の楽しみにとっておきます故」
リーザとゲオルクの会話の最中、ずっとテオバルトとクララを凝視していたバルナバスは、急に大声で笑いだす。
「はっはっはっ陛下、某は暫く見ない間に娘と息子の顔を忘れてしまったようです。見分けが全くつきません」
「バルナバスでも見分けがつかないのか」
「テオバルトはバルナバス将軍とはあまり似ていらっしゃらないですわね」
「リーザ姫様、テオバルトはどうにも昔から軟弱でして、某に少しは似てくれたら良かったのですが」
「まぁ、随分厳しいのですね。十四歳の若さで状元、十五歳で中書舎人な上に今はレオンの側近ですよ。素晴らしいご子息では無いですか」
「お褒め頂きありがとうございます、リーザ姫様。どうですか陛下? テオバルトはお役に立っておりますか?」
「慣れない執務の補佐をして貰って凄く助かってるよ。もちろんクララもね」
「そうですか、お役に立たないと判断されましたらいつでも解任して下され」
レオンは「心配しなくても大丈夫だよ」とバルナバスに返し、ゲオルクに話かける。
「ゲオルク、ヴァーグの動きはどう?」
「偵騎を度々放っておりますが、砦の方では特に動きはありません。やはりシェレンブルクに兵を集結しているようです」
「あの砦の兵数は?」
「一万程度と見ております。シェレンブルクより三舎程度の距離しかありませんので、一万あれば援軍到着まで十分間に合うとの判断でしょう」
「マルケルより話は聞いている?」
「はっ」
「エルヴィンの活躍はその後のシェレンブルク戦になりそうだね」
「砦攻めで矢を使わない分、その後の戦では存分に働かせて頂きますよ、陛下」
「弓兵の練度の高さは度々父上から聞いていた。楽しみにしているよ」
「お任せください」
エルヴィン・カロッサは弓兵隊長として頭角を現し、僅か三十八歳という若さで三品官である四平将軍に任じられた英傑である。
彼の率いる兵は、矢を放つ速度、正確さに優れているだけではなく、機動射撃戦闘をもこなす精鋭なのだ。
和やかな雰囲気の中、扉をノックする音が聞こえる。
「入れ」
レオンが入室許可を与えると、扉の前で警護していたハイデマリーが「会議中失礼致します」と入ってくる。
「陛下、シュリック将軍が到着いたしました」
仮の王の間が少しざわつく。
オットーの到着予定は明日夕方の予定だ。
強行軍であれば可能ではあるが、それでは落伍者が出てしまう。
それにいくら訓練を重ねて一定以上の練度を持つとはいえ、オットーの率いる兵は新兵だ。
「オットーが? 予定より随分早いな。通して」
ハイデマリーがオットーを招き入れると、部屋を出て扉を閉める。
オットーがレオンの前に進み出て跪く。
「陛下、オットー・シュリック只今到着いたしました」
「オットーご苦労。随分早かったね? これだけ早いと落伍者が出たんじゃないの?」
「いえ、落伍者はありません。夜間行軍を行い、先程全員無事に到着いたしました」
「ほう、流石だねオットー」
「多少はマシな行軍が出来るようになりました。しかし休養は予定通り明後日まで頂けますと幸いでございます」
「勿論、明後日までは十分に兵を休ませてほしい」
「はっ」
その場にいる将たちは舌を巻く。
新兵を率いて強行軍を行い、落伍者無しという結果をいきなり出したのだ。
オットーは彼らの下で部隊指揮を担当したこともある。
とにかく無難ではあるが、堅実な指揮官であり、偏将軍や牙門将軍の地位に置いておくのは勿体無いとは思っていたが、流石に三品官の地位は疑問に思っていた。
だが今回の件で、レオンの大抜擢の理由を理解したのだった。
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