第五話 開戦準備
ある日の朝議の最中、急使が朝議の場に飛び込んでくる。
衛門兵や近衛兵に取り囲まれ、抱きかかえられながらも、朝議の場に通したという事はそれだけ重要なのだろうと判断したレオンは口上を許す。
「礼部侍郎ヘルムート・フーバーより緊急の報告です。ファルコ王国との同盟は五日前に無事締結しました。そして二日前にセントラルガーランドが陥落! エグル王国はグラン・エグル帝国と名を変え、帝位を継承したと公表したとの事です! フーバー卿は情報収集をしつつ、三日後には王都へ帰還する予定との事です」
その急使は昼夜問わず馬を走らせたのだろう、荒い呼吸ながらも、太極殿の入口からでも最奥にいるレオンに届くような大声で報告をする。
「役目大義! 褒美を取らすゆえヘルムートが戻るまで自宅にて静養せよ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
そう言うと使者は崩れ落ち、数人の近衛兵に抱えられたまま退出する。
「兵部侍郎、王都に居る五品官以上の将軍をここへ」
「はっ」
兵部尚書が空席の為、実質兵部の長官である兵部侍郎が返答すると同時に、側に控える部下数名を走らせる。
「礼部尚書、ヴァーグ王国への宣戦布告の準備は済んでいるか」
「滞りなく」
「丞相、武器兵糧の手配は」
「既にに物資の大半を南山関に配しております」
「兵はどれ程集まったか」
「まず、近衛は千百。重騎兵二千、弓騎兵四千、弓兵四千、重装歩兵五千、弩兵含む軽歩兵一万五千です。あとは傭兵三千と、諸侯兵二千を揃えました」
「ほう、予定以上の数が集まったのだな」
「ただし軽歩兵の練度は想定したものより少し落ちるようです」
「仕方があるまい。一番損耗が激しかった兵科だからな」
「新兵も引き続き調練していますので、補充もお任せください」
「頼むぞ丞相。ところで近衛だが、千百という規模なら指揮官を増やしたいと思うが」
「陛下直属の部隊ですのでお心のままに。素案はおありなのでしょう?」
「ヘレーネ、イングリットを近衛中将に昇進させ、ハイデマリーとエリーザベトを近衛少将にして近衛の取り纏めをさる。同時に近衛将監を十名任命して百人単位で部隊指揮官として運用したいと思うが」
「よろしいでしょう」
「ヘレーネ、イングリット、ハイデマリー、エリザーベト、聞いた通りだ。急ぎ近衛将監にふさわしい者を十名選抜し、百名単位で部隊編成を行え、またその内百騎は伝令や余直属の部隊にするため特に選抜して編成せよ」
「「「「御意」」」」
近衛の四人が小声で打ち合わせを行うと、ハイデマリーとエリザーベトが太極殿を退出する。
どこかで待機していたのだろう、入れ替わるようにバルナバスやマインラート、オットーら将軍達が入ってくる。
「陛下、お呼びと聞き参上いたしました。南山関にて駐留している者以外は揃ってございます」
代表してバルナバスが挨拶をする。
「ご苦労。エグルの件は聞いたか」
「はっ。すでに聞き及んでいます」
「我が軍は、予定通りヴァーグ王国に対して侵攻作戦を開始する。それに伴い非常設の将軍職を設置し、軍事体制に移行する」
「御意」
「征北将軍、バルナバス・グナイゼナウ!」
名を呼ばれたバルナバスは、レオンの前に進み出て跪くと、レオンから印綬と兵符を授けられる。
印綬は将軍職を証明する他に、命令書等の公文書に押印する為の物である。
また、従四品以上の将軍に与えられるこの兵符は、指揮下の将兵の戦時任官および生殺与奪の権利が与えられる。
つまり、兵符を持つ将軍は、王の許可を得なくても、非常設ではあるが自由に配下を五品官までの職に就任命でき、また軍令違反を犯した将兵を刑部に委ねることなく、自身の判断で刑を執行できる権利を与えられるのだ。
「重責、拝命致します」
バルナバスは恭しく印綬と兵符を受け取ると、頭を下げたまま後ろに下がり、元の位置に戻る。
「鎮北将軍、マインラート・カウフマン!」
「謹んでお受けいたします」
「今は不在だが、安北将軍にはゲオルク・バイルシュミットを任命する。平北将軍、エルヴィン・カロッサ!」
「はっ! お任せあれ」
次々と上位の将軍から任命され、それぞれの将軍がレオンから印綬と兵符を受け取る。
四征、四鎮、四安、四平将軍全てが<北>に任命されていることから見てもレオンの目的は明確である。
太極殿に居並ぶ群臣は、レオンの北方全てを制圧するという意思を感じ取り、太極殿はより一層緊張感に包まれた。
「前将軍、オットー・シュリック!」
「はっ!?」
「どうした、早く印綬と兵符を取りに来るが良い。オットー前将軍」
「はっははーっ!!」
名だたる将軍の列で、ほぼ末席に近い後方に立っていたオットーは、レオンに言われて慌てて印綬と兵符を取りに行く。
「頼んだぞ。オットー」
「はっ! 非才の身ではありますが、このような大任を賜りました以上、全身全霊を持って陛下の御為、御国の為に尽くす所存でございます!」
「うむ。期待している」
「ははーっ!」
太極殿がざわつく。
ライフアイゼン王国の官品では、北東西南の四征、四鎮将軍は従二品官、四安、四平将軍は正三品官、前左右後の四方将軍職は従三品官だ。
文官である官僚と比べて武官の品官は低い扱いを受けている上に、近衛府と同じように、五品官以上でも公卿でなければ朝議の参加資格すらなく、三品官以上の公卿であっても朝議に参加ができるだけで発言権は無い。
また、武官の将軍職は殆どが戦時のみの設置である。
とは言え非常設ではあるが、従三品官以上は公卿である以上、昨日まで正五品上牙門将軍であったオットーの前将軍就任は、五段階も飛ばす越階だ。
越階と言えば正六品上の治粟都尉が、正一品の大将軍に任じられて大陸統一をしたという物語の上での話は存在するが、あくまでも物語の話だ。
「陛下!」
「吏部尚書、何か」
「シュリック将軍は正五品上牙門将軍でございます。流石に四品官を飛ばしていきなり従三品前将軍とは越階が過ぎるのではありませんか?」
「吏部尚書の言い分もわかる。が、今は非常時だ。優秀な将を遊ばせておくわけにはいかん。それに国軍は余の管轄である」
「はっ。申し訳ございませぬ」
「構わぬ。では続けるぞ。征虜将軍、アロイス・ベルゲングリューン!」
「御意!」
「安遠将軍、フリッツ・ボーリンガー!」
「はっ!」
四品官以上の将軍が任命されていく。
五品官以下の非常設の将軍職は四品官以上の将軍が任命権を持つ為、今回新たな任命は無かった。
「出陣は明日早朝! 諸卿は事前に予定していた通りに任務を遂行するように!」
「「「はっ」」」
レオンはリーザと護衛らと共に控室である朝殿を通り抜け、東塔の談話室に戻る。
「ふー、とうとう明日だねお義姉ちゃん」
「そうですねレオン、頑張りましょう」
「レオン様、姫様、お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとうフリーデリーケ、しばらくフリーデリーケのお菓子が味わえなくなるのは寂しいよ」
「わたくしも姫様についていきますが?」
「えっそうなのですか? フリーデリーケ」
「もちろんです姫様。戦場でも姫様のお手伝いをするのがわたくしの役目です」
「もちろんわたくしもレオン様のお手伝いの為に参陣いたします」
「クララまで......」
「危険では無いのですか? いえ、わたくしとしては嬉しいのですよフリーデリーケ」
「わたくしもクララ様も武器は扱えますし、一応女官服の下に胸甲を付けて剣も持ちますから」
「わかった、でも胸甲だけじゃなく鎧は着ける事。それだけは譲れないし、ある程度武術に心得があって自衛出来る人を選抜しておいてねクララ」
「かしこまりました。それとありがとう存じます」
「お礼を言うのはこっちだよクララ」
「恐れ多い事です」
「クララ、ひとつお願いしたいことがあるのですが」
「リーザ様、なんなりと」
「アメリアのボンボンですけれど、こっそり増やしておくことは可能でしょうか?」
「造作もない事です」
「では不在が長引くようでしたらこっそり少しずつボンボンを箱の中に入れるよう手配をお願いします。フリーデリーケ、ボンボンの用意をお願いいたしますね」
「「かしこまりました」」
「お義姉ちゃん、こんな時にアメリアの心配?」
「ふふふっレオン、またやきもちですか? せっかく約束したのに、可哀そうでしょう? 騙すようで申し訳ないのですけれど、戻るまではボンボンを無くすわけにはいかないのです」
「そっか、アメリアもボンボンが増える不思議な箱とか思っちゃうかもね」
「喜んでくれればいいのですけれどね」
話がひと段落するとフリーデリーケがお菓子とお茶を並べる。
「干し林檎を使ったアプフェルシュトゥルーデルです。以前お出ししたアプフェルシュトゥルーデルとは違い、干し林檎を使っているため食感が違いますがお試しください」
「おお、これも美味しい。ぷりぷりした林檎の代わりにクリームたっぷりの林檎がさくさくとしたシュトゥルーデル生地と合ってるよ」
「すごく美味しいですよフリーデリーケ!」
「喜んで頂けて光栄ですレオン様、姫様」
「レオン様、マチアス卿がいらっしゃいました」
「通して」
マルケルが書類の束を持って入室してくる。
「マルケル丁度良かった、一緒にアプフェルシュトゥルーデルを食べよう。フリーデリーケ、用意してあげて」
「かしこまりました」
「はっ、有難く頂きます」
「で、その書類は?」
「レオン様に今日中に決裁頂きたい書類です。あとは私がやっておきますのでレオン様には心置きなく戦って頂けますよう」
「ありがとうマルケル。テオバルト、受け取っておいて」
「はっ」
「そういえばテオバルトも参陣するの?」
「勿論ですレオン様。私には護衛としての役割もあるのですよ」
「そっか、頼もしいよテオバルト。よろしくね」
「お任せください」
「して、レオン様」
アプフェルシュトゥルーデルを半分ほど食べたマルケルがテオバルトと会話を終えたレオンに声を掛ける。
「何? マルケル」
「南山関の先に作られたヴァーグの砦ですが、先代様の命ですでに我が手の者が潜入しております」
「ほう」
「包囲したその日の夜に、砦内のいたるところに火を着け、門を開ける手筈となっています」
「父上の残された贈り物か」
「御意。シェレンブルクにも何名か潜り込ませることには成功したのですが、厳重な都市封鎖をしている為、連絡する手段が無くこちらは確実とは言えませんが、同様の手筈を指図しております」
「わかった。上手く使うよ」
「それと、旧ローゼ領中心に穀物を買い集めて南山関に集積しております。シェレンブルク及び周辺都市の穀物相場が上昇しており、ヴァーグは兵糧集めに苦労しているようです」
「流石マルセルだね。という事はヴァーグは籠城する可能性が低いという事かな」
「先の大戦の折り、シェレンブルクが陥落する寸前に守備兵が備蓄食料を焼却して以来、ヴァーグでは食糧不足が続いております。シェレンブルクの駐留兵は三万以上と見てますので、おそらくはシェレンブルクでは城外決戦になるかと愚考します」
「麦を収穫する直前のこの時期が好機だと」
「御意。あとは依然ガビーノから良き返事が届きません。エグル王国、いえ、グラン・エグル帝国に調略されているものとお考え下さい」
「わかった。ありがとうマルセル。父上が残してくれた準備を無駄にするわけにはいかない」
「ご武運お祈りいたします」
「うん。まぁ残りも食べちゃって」
「はっ。しかしアプフェルシュトゥルーデルは何度か食べたことがあるのですが、これは格別ですな」
「ふふふっフリーデリーケの特別製ですからね」
「あとレオン様、宣戦布告はレオン様が南山関に到着した翌日にはヴァーグ本国に伝わるように手配しておりますので」
「わかった」
アプフェルシュトゥルーデルを食べきり、お茶も飲み干したマルセルが席を立つ。
「では某は政務に戻ります」
「ああ」
「マルセルご苦労様でした」
「はっ」
「さて、さっさと書類仕事を終わらせちゃって今日は早く寝ようか」
リーザはレオンの腕にそっと自らの腕を絡ませる。
「頑張りましょうレオン」
「うん」
◇
夜になってやっと書類仕事も終わり、レオンとリーザはいつものようにフリーデリーケの作った軽いお菓子を摘まみながらお茶を飲む。
「明日から馬上の人か」
「南山関で一息付けますよレオン」
「輜重はあとから来ると言っても道中一回は野営をしないとだけどね」
「まぁレオン、野営なんて当たり前では無いですか」
「そうなんだけどね、女の子はめんどくさいんじゃない?」
「慣れてますし、近衛兵が全員女性になったのであまり気を遣わなくて済みますね。男性はレオンとテオバルトだけですし」
「そっか、そういう側面もあったんだなぁ」
「前線で男性と混じるとどうしても女性武官は色々大変ですからね」
「天幕もわざわざ分けてたって話だしね」
「さぁレオン、そろそろ休みましょうか。明日は早く起きなくてはいけませんし」
「そうだねお義姉ちゃん」
「さぁ行きますわよ!」
「ちょっとまって、もしかしてまた一緒に寝るつもりじゃ」
「その通りですわよレオン、さぁ早く!」
これ以上は問答無用というように、ずんずんとレオンの手を引きながら階段を駆け上がるリーザ。
「今日はお義姉ちゃんの部屋にしましょう。フリーデリーケ」
「すでに準備できています姫様」
「流石ですわね」
「ちょっとお義姉ちゃん」
レオンを無視して自身の部屋に着くと、扉の前で警護してる近衛兵も慣れたもので扉をすでに開けていた。
ちょっとそれはどうなのとレオンが口に出す前に部屋に連れ込まれる。
もちろんテオバルトはすでに逃走している。彼の今日の仕事は終了したのだ。
「クララとフリーデリーケはここまでで結構ですよ」
と言い残し、寝室に二人で入ると、いつものように「では、お義姉ちゃんが先に着替えちゃいますね」と言ってレオンが顔を背ける前にがばっと脱ぎだす。
レオンはもう何を言っても無駄だと大人しく目を瞑っている。
「さぁレオン、次はレオンの番ですわよ!」
もうすでにレオンは完全無抵抗だ。
こうなったリーザはもう止まらないのはすでに何度も抵抗して無駄だとわかっている。
おとなしく両手を軽く上げ、服を脱がせてもらうと、寝間着を着せてもらう。
義姉のふんすふんすという荒い呼吸ももう慣れたものだ。
「さぁレオン、一緒に寝ますわよ。はい、お義姉ちゃんの方に来てくださいませ」
おとなしくリーザの胸に顔を埋めて手を回して軽く抱きしめるレオン。
リーザもご機嫌な顔でレオンの頭を胸に抱きしめて撫でる。
ランベルトの件で心の中を打ち明け会って以来、何日かに一度はこうして眠っている二人。
レオンの感情が揺れているのを敏感に感じ取ると、リーザは必ずレオンと一緒に眠るようにしてるのだ。
「こんな姿とても他人には見せられないよ」
レオンが零すが、クララとフリーデリーケには見られてますけれどねとは言わない。
リーザはレオンが拒否する材料をわざわざ与えることはしないのだ。
「あら? レオンは嫌なのですか」
「嫌じゃないよ。正直お義姉ちゃんに甘えられるのは嬉しいけどね。やっぱ男として情けないというか」
「そんなことないですよレオン。レオンはとても立派です。こうやってお義姉ちゃんに甘えてくれるレオンも大好きですよ」
「そうだ、たまにはこうやって。えいっ」
レオンは上体をずらし、リーザの頭を自分の胸に抱える。
「わわわっ」
「はいお義姉ちゃん良い子良い子」
リーザの淡い金髪を梳くように優しくなでる。
「どうお義姉ちゃん。たまには義弟に甘えて眠るのも良いでしょ」
「ええ、そうですねレオン。ちょっと恥ずかしいですけれど」
「お義姉ちゃんはあの日以来全然弱音を吐かないからね。義弟としてはやっぱり無理をしてるんじゃないかって心配しちゃうんだよ」
「......レオンには全て言っているつもりなのですけれど」
「シェレンブルク」
「っ......」
「早く解放して、残された領民を助けないとね。あとお義姉ちゃんの家族の事も調べないと」
「......はい」
「マルセルの手の者が侵入してるって話だし、情報収集はしてるでしょ」
「......そうですねレオン」
レオンは胸の中のリーザの顔を少しだけ上に向けておでこにキスをする。
「はわわっ!」
「さぁお義姉ちゃんもう寝よう。明日からはゆっくり眠れないかもしれないし」
「レオン、今のは......」
「さぁ寝るよ」
とレオンは一方的に話を打ち切ると、リーザの頭を抱きしめて目を瞑る。
「レオン......」
リーザは早くなった義弟の鼓動を聞くと、
「ふふふっこんなにドキドキして眠れるのですか? レオン」
と笑って目を瞑るのだった。
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