第11話 聖女① side:ヒマリ


朝を告げる鐘が鳴る。

私はその音とともに、目が覚める。


「ふぅー…んっ…」


大きく伸びをして、眠たい目を擦る。

洗面所に行き、鏡で寝癖まみれの髪を直す。

そして、訓練場に向かう準備を始める。


これがこの世界に来て4日目の私の習慣となりつつあった。

もちろん、最初は不安で仕方なかったが目まぐるしい変化に不安も少し薄れ、早くもこの世界に慣れつつある。


それに、お兄ちゃんもいる。


準備を終えてドアを開けると、ちょうどお兄ちゃんも訓練場に向かうため、ドアから出てくるところだった。


「おっ!おはようヒマリ。

 今日もレイシスさんと一緒に訓練か?」


お兄ちゃんは私に気付いて気持ちよく挨拶してくれる、あぁ…好き…。


「お、お兄ちゃん…おはよう…。

 今日も…レイシスさんと…訓練…でぅ…」


私は何故かお兄ちゃんを前にすると、ドキドキが止まらなくて、上手く話せなくなってしまう。

あぁ…好きだ…。


「そ、そっか!今日も頑張ってな!」


「は、はいっ!…」


それから、お兄ちゃんと一緒に訓練場へと向かう、お兄ちゃんはいつも通りエレノアの所へと向かって話をしていた。


初日から思っていた事だけど、あの女がお兄ちゃんと喋ってる所を目にすると、胸の奥から沸沸と何かが込み上げてくるので、私は見ないようにして、レイシスさんの所へ向かう。


「おはようございます。

 聖女様、朝から大変申し訳無いのですが。

 医務室までご同行願えますか?」


レイシスは私にそう言いながら、膝をつき祈りを捧げる。


「おはようございます、レイシスさん!

 い、いえ!わかりましたっ!」


レイシスさんは王国騎士の医療部隊の総隊長だが、国の大きな教会の一人娘でありその教会は代々、治癒の女神エイルを信仰しておりその中の伝承でエイルが地上の疫病を治めるために送る遣いが聖女だった事から、事あるごとに私に祈りを捧げてくる。


そうして、レイシスさんと共に医務室まで行くと

多くの兵士が、血が滲んだ包帯に巻かれながら倒れている。


その兵士たちにレイシスさんの部下が手当たり次第ケアを掛けているが、連日王国と魔族に支配されているレント村の間の前哨基地から怪我を負った兵士や騎士が運ばれてくる為、ヒーラー達も疲労が溜まっており手当てが間に合わなくなりつつある様だった。


「ヒマリ様が、来られた!」


一人のヒーラーがそう言うと、周りのヒーラーからも安堵の色が出てくる。

ここの来る前はなんの取り柄もなく、臆病だっただけの私はここ数日、自分が必要とされている事に幸せを感じていた。


私は医務室の中央へ行き首へ下げているタリスマンを握り魔法を唱える。


「我、聖女が願う。

 傷纏いし戦士達に慈悲の雨を…憩の空間レストフィールド…」


魔法を唱え終わると、私を中心として地面に白色の光を放つ魔法陣が医務室全体に広がる。


その魔法陣の中に居る多くの兵士達に光が集まり、始めると徐々に苦痛の声が医務室から消えていく。


しばらく、魔法を維持していると兵士たちの身体から光が消えきったので、私は魔法を止める。

恐らく全ての兵士の治癒が完了したのだろう。


そう言えば、リンコが言っていた事なのだが、この世界の回復魔法は何かと不便らしい。


リンコが言うには回復魔法とは肉体を瞬時に再生させたり体力を完全に回復させたりする魔法らしいが、私が使っている様なこの世界の回復魔法は、身体の傷を完全に塞ぎ止めたり、切断された部位を再生したりと言った便利な物ではなく徐々に肉体を再生させて元の形に戻す様な魔法なのだ。


浅い傷や、ある程度の深い傷までは完璧に戻せるのだが、傷は綺麗に治っても体力が回復するようなことはないし深すぎる傷や部位破損などは大きな傷跡が残ったり、千切れた部位を覆う様に肉が再生されるだけの物だった。


それでも、私のいた世界に比べると超常現象の様なものだし、兵士たちからも文字通り死ぬ程に感謝されているので、私はこれでも十分満足している。


「聖女様ありがとうございます。

 このように毎回大量の負傷者が舞い込んできて

 は医療部隊と名はあれども回復魔法は基本、

 一度に一人しか対応できません。

 情けない話ですが私どもでは、どうにも

 対応しきれず…」


「い、いえそんな、私はたまたまこの力が

 あっただけですし、お役に立ててるだけでも

 本当に、嬉しいですからお気になさらないで

 下さいっ!」


「あぁ…聖女様…」


そう言いながらレイシスはまた私に祈りを捧げ始める、もうここに来てから何回目だろうか。

祈られる程のものでは無い私は少し申し訳ない気持ちになる。

 

「そうだっ!レ、レイシスさん!

 そろそろ、戦闘訓練しませんかっ!」


「あら、いけない…そうでしたわね。

 国王様から聖女様を預からせて頂いている身

 職務はきっちり、全うしませんとね。

 それでは聖女様、しっかり御守り致しますの  

 平原へと参りましょう。」


そう言って、レイシスさんは立ち上がる。

医務室を抜ける時、医療部隊の方達が私とレイシスさんに深く頭を下げていた。


それから私はどこか抜けているレイシスさんとルタ平原へと向かい始めた。


ルタ平原に着くと、レイシスが先頭に立ち周りを索敵してくれるので、私はそれについていく。


「聖女様、スライムが一体こちらへ向かって来て

 おりますわ!」


「わかりましたっ!」


私は向かって来ているスライムを見つけるとタリスマンを握り魔法をイメージしながらスライムへと手を翳す。


手を翳すと同時に掌の先から緑の魔法陣が現れる。


「風よ魔を射殺す弾となれー風弾ウィンドバレット!」


魔法陣から衝撃波が射出され、スライムに命中すると、スライムは身体を破裂させて、動かなくなった。


「素敵です、聖女様。

 この調子で、進んで行きますわね。」


「はいっ!お願いしますレイシスさんっ!」


それから、私はレイシスさんが魔物を見つけてくれるのでそれに従って魔物を倒していく。


他の勇者と違って私自身は戦闘能力が低い為、主にルタ平原のゴブリンや、大鼠にスライムと言った魔物達を倒していく。


群れている魔物と接敵するとレイシスさんが、必ずフォローに入ってくれるので特に危なげなく、順調に魔物を倒していく。


途中ゴブリンの群れを相手している所、背後から襲撃して来た、スライムに軽く溶解液を掛けられたりしたが、レイシスさんが鬼の形相でスライムを瞬時に跡形も無く消滅させたので、肩から胸辺りの服が溶けた程度で事なきを得た。


「聖女様…誠に申し訳ありません。

 私が居ながらこの様な事態に…どうか私の服を

 お納めくださいませ。」


そう言ってレイシスが服を脱ぎ始めたので透かさず私はそれを止める。

私が着ている服は胸の部分の布を無理やり上げて背中の部分の布を掴んで掴み留めているだけなので、今服を脱いだら完全にこの服が着れなくなってしまう事は解りきっていた。


「だ、大丈夫ですっ!!

 替えの服もいくつか支給されてますのでっ!」


「で、ですが…「本当に大丈夫ですのでっ!」


その後も何度か同じやり取りをして、渋々納得してもらい、無事レイシスさんが裸で王国を歩く事態を防ぐ事に成功した。


それから、私達は王国へと帰り始める。

私は片手が塞がっていたので、帰りは魔物に出会してもレイシスさんが片付けてくれた為スムーズに王城へと戻れたのだった。

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