キャンバス(2020/09/22)

私は真っ白なキャンバスに絵を描いていく。

現代美術の画家として順風満帆じゅんぷうまんぱんではない。

この一年で売れた絵は一点だけだ。

絵だけで食べていくのが、厳しいところ。

私にはパトロンがまだいない。だから、

日々、研磨にする。昔、私の絵を見て感動してくれた少女のためにも。


少女と出会ったのは、病院だった。私が手を負傷し、診てもらった病院の入院患者だった。名前はミサトと言っていた。


私は診てくれた先生のお礼に、絵を描いた。その絵は自由に泳ぐ海豚いるかの絵だった。

その絵を先生に持っていった時だった。

袋を開けて、先生に差し出す。その向こうからやってきたのがミサトだった。


「これ、すごい。きれい!」


ミサトは声を上げて喜んだ。

感動している様子に私は少しだけ気恥ずかしさを感じた。

ミサトは「あなたが描いたの?」と聞き、私は首を縦に振った。


「素敵な絵を見せてくれて有り難う」

「そんな喜んでもらえて嬉しいです」

「私、海豚を見たことがない」


私はその時、ミサトが何の病気か知らなかった。


「いつか、元気になったら見に行けるよ」

「そう?有り難う」


ミサトは嬉しそうに笑う。

私はあの頃、画家を辞めようと思っていた。そんな中、元気を貰った。

助けられたのは私だった。それから少しだけミサトと話をした。


ミサトは11歳で、小児がんを患っていた。

私が「いつか、元気になったら見に行けるよ」という言葉が嬉しかったらしい。

ミサトの両親は、彼女が助かる見込みが少ないからか元気がないらしい。

ミサトは私が見ず知らずのお姉さんだからか、人懐っこいからか沢山、話してくれた。


「お母さんは私が長くないことを知っているらしい」

「そうなの?」

「でも、私は奇跡を信じてる。だって、これまでも何度も奇跡を起こしてきたから。本当だったら11歳まで生きていないから」


ミサトは随分と大人びていた。ミサトを精神的に大人にさせたのは小児がんというのが皮肉に思えた。

私はどこまでも前向きで、真っ直ぐなミサトに心が打たれた。


「じゃあ、私もミサトちゃんみたいに頑張るよ」

「うん。お姉さんの絵、絶対展覧会で見たい!」

無邪気に言ったミサトを見たのはこれが最後だった。

ミサトの最後を聞いたのは、この時から一月たった頃だ。

ミサトの死を知った時は放心状態だった。

けれど、ふつふつと湧いてくる感情に押し流された。

いつの間にか、私は筆を走らせた。


元気になって、自由に海を泳ぐミサトを想像する。

私はミサトの夢を叶える為に筆を走らせ、描き続けた。


キャンバス(了)

題材 白 文字数 1,012 製作時間 33:07

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