飲み込む言葉(2020/09/18)

何気なく言った言葉だった。


『そんなのも出来ないなら死ねばいいのにね』


部下の時田哲が失敗した時に言った。

その言葉を聞いた時田の目が戦慄いてたのを覚えている。

身体を震わし、泣きそうになっていた。前から時田ときたのことは大げさだと思っていたし、現に他の人も言っていた。


ちょっとしたことでびっびたり、面倒臭い。

そう思っていた。死んでほしいとか思っていなかった。


けれど、今朝、時田は帰らぬ人になってしまった。


原因は究明されていないが、時田の日記に俺のことが書かれていたらしい。

俺の『そんなのも出来ないなら死ねばいいのにね』が引き金になったようだ。

上司と俺で時田の家に謝罪することになった。時田家に向かう車内で上司の佐藤が俺を見る。


草津くさつ、お前は重大さがわかっていない」

「言葉くらいで自殺するほうが」

「本当に解っていないんだな。言葉は凶器だ。鋭くもなる」


上司は俺を見る。俺はくだらないとすらしてきた。

俺の言葉だけで自殺するなら、いずれ誰かの言葉でも自殺するだろう。

時田の家に着く。時田の母親が応対した。佐藤が謝罪をする。

俺は佐藤の言うとおりに謝罪した。

しかし、時田の母親は睨むだけで最後まで言葉を発しなかった。

帰り際に家を見ると、扉を開けて俺と目が合う。

時田の母親は「死ねばいいのに」という口の動きをしていた。

俺からすると、こんなことで死ぬ奴のほうが可笑しいと思えてきた。


その日からだった。職場の仲間がよそよそしくなった。

仕事の話以外は誰も俺と目を合わさない、喋らない。

次第に俺は孤立していく。

友達だと思ってい三島みしまからも相手をされなくなった。

言葉ぐらいで死ぬ弱い奴のせいで俺はこんな目に遇ってるんだと思えてきた。


ある休憩の時だった。職場の白木しらぎ宮野みやのが話している。その会話を聞いてしまった。


「時田君って草津さんのせいで死んだでしょう?」

「最低だよねぇ。時田君がいくら失敗するからって言ってもねぇ」

「草津さん、いつも言葉がキツいよね。馬鹿とかさ死ねとか」

「これで言葉の重みをしればいい。草津さんこそ、死ねばいいのに」



俺は頭が真っ白になった。呆然として、身が入らなくなる。


「死ねばいいのに」


時田の母親の口元が言っていた言葉だ。

ああ、そっか俺が死ねばいいのかと思えてきた。言葉に飲み込まれる気がした。


飲み込む言葉(了)

題材 言葉 文字数 938 製作時間 29:56


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