さよなら(2020/09/15)

「ねぇ。私たちが出会ったころのこと覚えているかな?」


ミドリは私にゆっくりと話しかけた。

私の手を取り、握る。ミドリはいつでも私の味方で、導いてくれた。

困難が訪れようともしっかりとした絆を作ってこれたように思う。


勇吉ゆうきちは目付きが悪くて、とっつき憎い感じだったよね。私も慣れないから恐くって」


ミドリは昔の話をしている。私は昔を思い出す。

昔の私は荒れていた。誰からも必要とされない、要らない存在。

そんなことばかりを考えていたように思う。


「だけど、どこか寂しそう立ったのが忘れられなくてねぇ」


ミドリは私の孤独を見抜いていた。

私にそっと近づいて、話をしたのを覚えている。ミドリに伝わっていたか解らないが。


「私も独りだったからね。勇吉が私と一緒にいることを選んでくれたからね」


ミドリの穏やかな表情に私は精一杯の笑顔で応える。

ミドリは幸せそうに笑う。私の存在を肯定し、愛情をくれた人。


「勇吉はさ、この15年どうだったのかな。私はすごく幸せな15年だったよ」


15年間も一緒にいて、苦しいことも嬉しいことも分かち合えていたと思う。

独り暮らしだったミドリが、家庭を作った。

私は取り残されたように思えた。けれど、ミドリは私をずっと思ってくれる。


「勇吉ともうさよなら、なんだね」


私の言葉をミドリが理解することはないだろう。

私はミドリの言葉が解るのに。

それは苦しいことだけど、私にとって普通のことだった。

飼い主と飼い犬の関係は親子のようでも恋人のようでもある。

身体が言うことを聞かなくなった私を、ミドリは丁寧に介護した。

ミドリは私を思ってくれていたんだ。


私は最後の力を振り絞って吠える。


「ワン」

「お、どうした?」

「ワン」

「無理しないでいいよ」


ミドリは私の頭を優しく撫でた。

私は次第に心地よくなり、ゆっくりと目を閉じた。


さよなら(了)

題材 犬 文字数745 製作時間23:05

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