アメイジンググレイス(2020/09/10)

私が好きになった人、三宅みやけりょうは自由な人だった。

何処でもふらりと行き、何ヵ月も帰ってこないのが当たり前。

恋人同士になり、同棲しても友人関係だったときと同じだった。

もう三年が過ぎ、私自身も三十代が終わる。

母親の公佳きみかは久しぶりに会えば早く結婚しろと言ってくる。


美恵子みえこ。三宅君とは結婚しない?」

「だって了はまた海外に取材行ってるからね。多分3ヶ月は帰ってこないよ」

「本当にそれでいいの?」


公佳は私に憐れみの目を向ける。

公佳は私と了が別れることを待っているのだろう。


「それでいいって。私はずっと了といるつ

もりだけど」

「いくら同棲してるって言っても一年の半分くらいは海外。同棲と言えるの?」

「もう、いいじゃん。折角、実家に帰ってきたのに。もう、いいよ。帰るよ」


私は公佳の言い分に耐えられず、実家を出た。

そのまま、真っ直ぐに了と同棲しているマンションに帰った。

一人しかいないマンションは静かで誰もいない。

じわじわとこのままなのかと思えてきた。

最初は了と居られるならとすら思ってたのに。

私はうじうじと考えるより、行動に出る。

スマホから了に電話を架ける。

今かけたら出ない可能性とあるが、それを考える余裕はない。

数回のコールの上、了が電話に出る。


『おう。どうした?』

「何でもない、声が聞きたかったから」

『あ、そうだ。いい忘れたことがある』

「え?なに?」


了の伝え忘れたことが何なのか。私は一瞬、戸惑う。


『今度、誕生日だろう』

「うん」

『帰れないからさ、海外発送で悪いんだけど送っておいたから』

「え?何を?」

『それは秘密』

「えー。秘密って何?何?」

『それはなぁ。お楽しみに』


了は一切、教えてくれなかった。

私たちは離れている間の出来事を沢山話し合った。

三時間ほど話した。電話を切るのが名残惜しくて堪らなかった。


了の電話をしてから半年後の誕生日、私の元に海外から郵便物が届いた。

それは了の名前と判子はんこが記された結婚届けだった。

私は嬉しくて泣く。涙を落とさないようそれを市役所に提出した。


私は婚姻届を提出した当日に、了に電話を架けた。すぐには出ず、しばらくして出る。


「あ、了?」

『あの。もしかして三宅様の奥様でしょうか?』

「あ、そうですけど?どちら様です」

『すいません。私は日本大使館のものですが』

「え?」


私は嫌な予感がした。その嫌な予感は了の安否に関するものだ。

電話口の人が重い口を開く。


『実は三宅さんは取材中に撃たれまして。命は無事になったんですが、まだ眠ってまして。日本での緊急手術のため、帰国しました』


了は負傷したまま、日本に帰国したらしい。私はどうしたら、いいかわからなかった。


「あ、あの。どうしてこっちに連絡がないのですか?」

『あの、すいません。どうやら、三宅さんと正式に入籍となっていなかったようですし』

「そ、そうですか。解りました。了の入院している病院を教えて下さい」

『解りました』


私は電話口の樋口ひぐちという人から、了の入院先を教えてもらった。

教えてもらった病院は成田空港からかなり近い場所に位置していた。


私はタクシーで病院に向かった。

了と正式に入籍した旨を受付で話し、病棟に入る。

了は呼吸器を着けて目を覚まさない。私は了の手を取り、耳元で囁く。


「了。婚姻届をちゃんと出したよ。有り難う」


目を覚まさない。奇跡はそう簡単には起きない。私は何か出来ることがないか、考える。

付き合い始めたころ、了が言っていたことを思い出す。


「アメイジンググレイスをよく母親が歌ってくれた」


私はそれをゆっくりと歌う。

私の声と、了の呼吸器の音が響くだけだ。

歌い終わっても了は目覚めない。

私は涙を流す。その涙は了の手に落ちた。もう目を覚まさないかもしれない。

それでも私は了を支えようと心に誓った。


「ずっと側にいるよ」


ぼそりと呟く。その呟きが聞こえたのか解らない。

了の手が微かに動き、私の手を握る。私は思わず手をしっかりと握り返した。了は生きている。

ゆっくりと了の目が開いていく。


「ごめんな………こんなことに」

「いいよ。だって夫婦じゃん」

「………有り難う」


了は涙を流した。私も抑えきれずに涙を流す。了はゆっくりと私の頭をでた。


アメイジンググレイス(了)

題材 歌 文字数 1,689 製作時間 37:39

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