狐の嫁入り(2020/09/09)

探偵河野は事務所の机で悶々としていた。助手の私は河野に話しかけた。


「どうしたんですか?」

「晴れているのに、雨が降っている」

「それが?」

「狐の嫁入りっていうよね」


河野は淡々と喋った。

私は河野が何を言いたいのか解らず、首をかしげた。河野は続ける。


「昔ね、田舎でバスを待っていたんだ。そしたら今日みたいに晴れているのに、雨が降っていた。「ああ、きつねの嫁入りか」と思っていたんだ」

「そうですか。それで?」

「しばらくバス停雨に降られながら、待っていた。真っ白な着物を着た綺麗な女性がやってきてね、「稲村いなむらはどこですか?」。稲村家なんて知らないから、どうしたものかなと思って。「ごめんなさい。僕は知らないんだ」って話したらさ、女性は「そうですか」って山のほうに消えて行ったんだ」

「それって別に変な話でもなんでもなくないですか??」


私は河野の話が何のひねりのないものに感じた。


「これにはまだ続きがあって。僕はバスでその場から離れて家に着いたんだ。そしたらね、なんということか、後日、事件の解決をしてほしいって依頼がね」

「依頼が?」

「うん。その家ってのが、稲村家での殺人事件。殺された稲村いなむら繁蔵しげぞうの首元には狐の毛みたいなのが着いていてね。僕は真っ先に「稲村家がどこか」聞いてきた女性が犯人だと思ったんだ」


私は少しだけその話が怖い気がした。

河野は淡々と喋り続ける。


「女性が見つかることはなかったんだ。犯人は息子の稲村いなむら繁雄しげおだった」

「へぇ」

「稲村家には元々、狐を代々、有り難く思っていたらしくてね。だから、狐が殺したかのように繁雄はよそおったんだ」

「それまた不謹慎ふきんしんな」


私は狐の呪いを装った繁雄が安直に思えた。

まだまだその続きがありそうで、河野は苦々し表情を浮かべる。


「僕が繁雄が犯人だと、繁雄を含む家族、警察の前に話した。で、繁雄は容疑を認め、逮捕へ」

「良かったじゃないですか。それで」

「だけど、まだ続きがあって。繁雄はね、エキノコックスに掛かってたんだ」


エキノコックスとは野生の狐が持っている寄生虫だ。

主に野生の狐に噛まれると感染する。


「え。狐の呪いみたいですね」

「ああ。繁雄は繁蔵を殺す前日、野生の狐の毛を狩るために狐を襲った。けれど、その時に噛まれた。それでエキノコックスに感染したらしい」

「まさに狐の呪いですね」


河野はぼんやりと窓から、狐の嫁入りみたいな空を見る。


「そうだね。神様のようにまつっている存在を殺しに使ったらバチが当たるよね」


河野は静かにゆっくりと言った。


狐の嫁入り(了)

題材 雨 文字数 1,021 製作時間 19:43

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