口づけ(2020/09/05)

これを見ると色々と思い出すんです。

白木しらき早織さきみなとの写真を見て、ゆっくりと言った。白木は去年から、この精神病院に入院している女性患者だ。

私は白木の担当医として、朝のカウンセリングをしていた。


港の写真は何の変哲へんてつもないものだ。

白木は事件に巻き込まれた末、この精神病院に入院してきた。

白木は比較的、端正たんせいな外見をしている。

ただ死んだように見える様相が白木の魅力を半減させているように見えた。


「色々って」

「そうですね。事件に巻き込まれる前の一月前です。彼氏と一緒にこの港に行ったんですよ。そこで」


白木は急に苦しみ出した。私は白木を支える。白木は私を見て、ゆっくりと言う。


「先生、私。あの港で」

「いいですよ、ゆっくりと」

「港で先生を見かけました」

「………私を?」

「ええ。先生は」


私は思い出し始めた白木を睨む。

私は一月前、あの場所で同僚の金井かない麻美あさみを殺した。

更には白木の彼氏の葉山はやま公人きみとを白木の前で殺した。

白木を殺さなかったのは、単純に好みだったからだ。

私はその場で催眠術さいみんじゅつを掛けた。それは見事に成功し、白木は精神病者になった。


「人違いじゃないですか?」

「そうかもしれませんね、すいません先生」

「それは白木さん自身が私と医者と患者以上の関係を望んでいるからじゃないですか?」


私は白木の顔を見つめ、白木のあごを優しく触る。

白木は顔を染めて、私から目を反らす。白木はもうすぐ私の手に落ちることを確信した。私は更に追い討ちを掛ける。


「私ならあなたの病を治すこともできます」

「え?」

「私があなたを支えます」

「………」

「返事は急ぎません。気持ちが決まったら、私の部屋に来て下さい」


私は白木の耳元に囁いた。

白木は固まり、私をじっと見つめた。白木はもうすぐ落ちる。

そうして今日のカウンセリングが終わった。


その夜だった。白木がとうとう、私の部屋に訪ねてくる。


「決心が着いたんですね」

「ええ。先生、私と一緒になってください」

「喜んで。ではキスをしても?」

「はい」


白木は大胆に私の首元に抱きつき、自らの唇を押し付けた。

私はそれを受け入れ、白木の口の中に舌を入れ込む。舌を絡ませ、互いの唾液だえきが行き交う。


「はぁ」

「最高ですよ」


唇を離すと、白木の表情は無表情だった。

私は思っていた反応と違い、焦る。


「どうしました?」

「先生、私は全部知ってますよ。私の唇、美味しかったですか?唇に毒を塗りました。一緒に死にましょうね?」


白木は全てを知っていた。私はのどの奥が苦しくなり、意識が朦朧もうろうとした。


口づけ(了)

題材 港 文字数1,016 製作時間 22:25

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