最後の電話(2020/09/04)

会いたいときに会える。

行きたいときに行ける。そんな生活が当たり前だった。

それが奪われてから半年に近い。

私はパソコンの前で、会社に提出する資料を入力していた。

これを提出すれば今日の仕事は終わる。

世の流れはリモートワークが増え、自宅での仕事ばかりになった。

入力が終わり、私は椅子から立ち上がり伸びをした。


彼氏の織田おだ竜一りゅういちにはリモートワークになってから、ずっと会っていない。

同じ会社の同僚で社内での私達の交際は公認だ。

最初のころは電話だけでやり取りしていた。

けれど、今となっては一ヶ月に一回程度連絡を入れるくらいだ。


私はスマホを取り出し、電話を掛けた。

数回の呼び出しコールで、竜一は出る。


佐登さとちゃん?』

「竜一!元気してた?」

『うん。元気だよ。佐登ちゃんは?』


竜一の声色は元気そうで安心した。


「私も元気。リモートワークになって人が恋しくてねぇ」

『佐登ちゃんらしい。俺も佐登ちゃんに会いたいなぁ』

「そうだね。もう、ずっと会えていないね」

『うん。でもさ、終息したらさ会おうよ!』

「うん。そうだね!頑張らないと!」


私は竜一の声に癒される。竜一が今日も元気でいてくれて嬉しくなった。

竜一ともっと話をしたかったが、自宅の電話が鳴る。

ナンバーディスプレイを見ると、上司からだった。


「ごめん。竜一。会社から電話。また掛けるね」

『あ、いいよ。多分、出来ないと思うから』

「え」

『何でもない。最後に電話出来てよかった』

「は?どういうこと」


電話は切れてしまった。上司からの電話は鳴り続けている。私は電話に出た。


崎元さきもとです。稲木いなき課長どうしました?」

『崎元君か。もう聞いたかい?』

「は?何を?彼氏と電話していましたけど」

『え?織田竜一君?』

「ですよ。何を今さら」

『いや、竜一君が事故に遭って亡くなったんだ。それを連絡しようとしてたんだよ』

「は?またまた」


私は課長が悪ふざけをしているかと思った。課長は強い口調で言う。


『じゃあ、ニュース番組見てよ。今言ってるから』

「解りましたよ。また後で架け直します」


私は課長との電話を終えて、テレビを着けた。

ニュースキャスターが今日の出来事を読み上げる。


『今日、会社員の織田竜一さん(28)の運転する乗用車が建物に衝突の上、炎上しました。乗っていた織田さんは焼死しました。警察は曲がりきれなかった車が単独で建物に衝突した判断しました』


私は竜一の写真を見て、言葉を失う。

竜一は事故で死んだ。竜一は最後に私と話をしたかったのだろう。

私は竜一の電話番号に電話を架ける勇気が湧かなかった。


最後の電話(了)

題材 会 文字数1,040 製作時間27:17

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