最初のプレゼント(2020/09/03)

親が最初にくれるプレゼントは名前だよ。

昔、付き合っていた彼女の莉緒りおが言った。

莉緒とはそれなりに長く交際をしたが、結局、俺は捨てられた。

捨てられた理由は「公輝きみてるが捨て子だから」だった。

正確には莉緒の親がおれとの結婚を許さなかったからだ。

親に捨てられた子ということが、大人になっても苦しめられる。

そんな辛いことがあるのだろうか。俺は人との関わりを極力、避けようと思った。


仕事は基本的に会社でパソコンと向き合って単独で行う。

デザインの仕事だが、それで間に合う。

他の社員たちは和気わき藹々あいあいとやっているが、

俺は一人で坦々たんたんとやっていく。

ある時、上司の加藤かとうがやって来た。


「君に教育を頼みたいんだけど」

「なんで俺です?」

「君、教えるの上手いじゃん?よろしく」


上司が連れてきたのは、20代の中途で採用された工藤くどう悠希ゆうきという男性だった。

工藤は無口なだったが、教えると倍の速さで仕事を覚えた。

余計なことを喋らない分、扱いが楽。そんな印象だった。


ある日のことだった。工藤が酷く落ち込んでいた。俺は何気なく聞いてみた。


「どうした?」

九頭見くずみさんに話していいか、解りませんが」

「話していいかとか、内容によるけどな」


俺はタバコを吸う。工藤は決心したのか、話始める。


「俺には結婚を前提に付き合っていた彼女がいました。で、その彼女に振られました」

「振られた?それはまたキツいな」


俺は自分自身のことを思い出し、苦々しい気分になる。工藤は俺のほうを見た。


「あの、住む世界の違う人なんてあるんですか?」

「ん?」

「振られた理由は、『俺に両親がいて幸せな家庭で育ったから、住む世界が違う人間だ』って」

「それはまた凄い」


工藤の振られた理由が、俺の振られた理由と逆のように思えた。

微妙に違うが、似通にかよったものを感じる。



「彼女は捨て子だったんです。俺も両親もそんなの気にしないと言っていたんですけどね。ははは」


工藤は自虐的じぎゃくてきに笑った。その様子はこれまで見た中でも痛々しいものに見えた。


「そうか。まあ、色々あるよな。俺はさ、俺自身が捨て子だったから振られたよ」

「は?」

「だから、捨て子だったから振られた」


工藤は驚き、目を見開く。その様子に何故か笑えた。


「お前、驚き過ぎだろう」

「いや、あの。九頭見くずみさんみたいな人が振られるって」

「あー。それ。俺も人間だからね」


俺はタバコを灰皿に置いて捨てる。工藤は俺を見る。


「見る目ないですね。その人。九頭見さんはめちゃくちゃ頼りになりますし、俺は助かってますよ」

「だろー。お前、いいやつだな。つか、お前、結構喋るんだな」


工藤は俺の言葉に笑う。


「いやー。何か、九頭見さんに話しやすい気がして」

「そうか。俺もお前が仕事すぐ覚えてくれて助かってるよ」

「なんか照れます」


工藤はすっかり元気になっていた。俺と話したことですっきりしたのだろう。


「あ、そうだ。九頭見さん、下の名前教えてください」

公輝きみてるだよ」

「どう書きます?」


俺はレシートの裏にペンで名前を書く。工藤はそれを見た。


公輝きみてるですか!親が子供に最初に与えるのは名前です。いい名前じゃないですか!」


俺は工藤の言葉にうっすらと微笑んだ。莉緒と同じ事を言っている。


「ありがとう。工藤」


最初のプレゼント(了)

題材 名前 文字数 1,298 製作時間 65:05




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