髪の毛(2020/09/02)

髪の毛を切った。理由はイメージチェンジをする為だ。

不評だった黒髪のロングをばさりと切り、ショートカットにした。

恐らくは私が「誰かに失恋した」と勘違いするだろう。


けれど、流石に「失恋」を理由に髪を切るなんて古すぎるように思う。

私はまだ振られていない。正確にはこれから振られる予定だろう。

私はいつものようにバイト先のカフェに行く。

オーナーの磐城いわき智也ともやさんは笑顔で迎えてくれた。


「みさおちゃん。今日も元気だね」

「はい。磐城さん。今日も宜しくお願いします」

「うん。あ、そうだ。髪の毛、切ったんだね」


磐城さんの笑顔は爽やかで、空気が澄んでくるようにさえ思えてくる。


「はい。切りました」

「すごく似合ってる」


磐城さんは心から言っているようだった。

私は嬉しくなり、胸がいっぱいになる。

私の好きな人は磐城さんだ。

私は照れ臭さを隠すように更衣室に向かう。


「ありがとうございます。着替えてきます」

「はいよ」


私は磐城さんの後ろ姿を見た。磐城さんはバツイチで、子供なしだ。

30代でイケメン。ファンのお客さんは多い。

小さなカフェだが、ピーク時の客入りは大変だ。

小さいカフェだからか解らないが、バイトは私一人しか雇っていない。

奇妙ではあるが、磐城さん曰く「沢山いたら、人間関係が面倒くさい」かららしい。

私は更衣室の鏡で気合いを入れて仕事に入った。


今日もいつもと同じ客の入りで、相変わらず磐城さん目当ての若い女性客が沢山だった。

私は気が気じゃない。

どうせ、振られるなら最後まで暴れようとすら思えた。

私は今月末でこのバイトを辞める。

理由は就職だ。大学生のバイトに、オーナーが相手するわけない。


今日のバイトのシフトは、朝11時~夕方18時だ。

やっと18時になった時、磐城さんに「後で話そう」と言われた。

何の話かわからないが、今月末までのバイトのことだろう。

私はそんな事を想いながら帰りの支度に着替えた。



更衣室から出ると、磐城さんが待っていた。


「お、今からコーヒー入れるね」

「あ、すいません。いつも」

「いいって。バイトしてくれてるから」


磐城さんは優しい笑顔で言った。

私は磐城さんに言われるまま、カフェのカウンターに座る。カフェは休止中にしているらしい。

磐城さんはコーヒーを煎れている。真剣な磐城さんに話しかける。


「私、今月でバイト終わりかと思うと寂しいです」

「そうか。僕も寂しいよ」


磐城さんの言葉に嬉しさが溢れる。悟られないように堪えた。


「またまた。磐城さん的には一人のがいいのでは?」

「そんなことないよ。いてほしいから雇ったんだよ」


磐城さんはコーヒーを煎れ終わると、私の前に出す。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


私はゆっくりとコーヒーを飲む。磐城さんは私を見る。


「今まで本当にありがとうね」

「いいえ。こちらこそ。美味しいコーヒーありがとうございます」


磐城さんはいつになく私を見ている気がした。私は磐城さんに言うなら、今しかないと思った。


「あの、私、磐城さんのことが好きです」

「その事なんだけど。断ろうって思ってた」


磐城さんは私の気持ちに気づいていたらしい。

断る気でいたとはっきりと言われ、私は意気消沈する。


「そ、そうですか。解りました」

「だけどね、今日のみさおちゃんを見ていて、これっきりじゃ嫌だと思った」

「え?」

「僕と付き合ってほしい」

私は突然のことでびっくりした。振られるものかと思っていた恋が、実る。そんなことがあるのだろうか。


「本当ですか?」

「うん。今日、何かみさおちゃんが綺麗に見えて」


髪の毛をショートカットにしたことが功を成したらしい。

髪の毛を切って恋が成就とは摩訶不思議だ。


「私で良ければお付き合いします」


髪の毛(了)

題材 髪 文字数 1,492 製作時間 28:52

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