華道の恋(2020/08/28)
花の命は短い。人間の命だって、長いようで短いのだろう。
私は花を活けながら思った。
先日、三鷹喜一という良いとこのお坊ちゃんから結婚を申し込まれた。
私とは遠縁の親戚で、かなり昔に遊んだ記憶しかない。
寧ろ、私のことを覚えていたことのほうが凄い。
私ですら、喜一のことは覚えていない。
言われて思い出したくらいだ。
「どうして、喜一さんは私との結婚を?」
「何でも昔にあなたを好きだったらしいよ」
母親の早苗は嬉しそうにした。私は複雑だ。
それは私と喜一の年齢は十年も違う。私が喜一よりも十歳上だ。
「はぁ。だとしても十歳も違う女性との結婚がありますか?それも大人になってからお会いしたことも……ないですし」
「あらあらあら。あなた知らないでそょう。まあ、無理もない。あなたの生け花ライブに喜一さん足を運んでらしたんですよ」
「それは初耳です。だとしてもあり得ないです」
「またまた。会って話を聞いてみるだけでも違うのでは?」
早苗は私が喜一と結婚することを望んでいる。確
確かに条件のいい話だ。
喜一は27歳で、老舗和菓子屋の跡取りで噂によるとイケメン。
かたや私は37歳の華道の女。
玉の輿には違いない。でも、それは不幸になるだろう。
だって、私はもう子供が難しい年齢だ。
逆に言えば喜一の両親が結婚を許すほうが中々すごい。
「まあ、とにかく断る方向で会うことにします」
「えー。そんなぁ」
「とにかくです。会うのは明日の料亭 いろは に一人で行きます」
「あなたみたいな売れ残りも貰ってくれるんですよ。いい話ではないですか」
早苗は不貞腐れた様相で言った。
私は「売れ残り」という言葉が嫌いだ。
そもそも、何故、女だけ「売れ残り」と言われなくてはならないのか。
私は早苗に背を向け、さっさと部屋を出た。
次の日、私は一人で料亭 いろは に居た。
喜一は少し遅れてくるらしい。先に料理を嗜んでいると、喜一はやってきた。
「彩さん。こんにちは」
「こんにちは。喜一さんですよね?」
「ええ。よろしくです」
喜一は私を見るや否や、表情を輝かせた。本当に私が好きらしい。
「あの、本当に気になってるんですけど、何故、私なのでしょうか?」
「っ。いきなり直球。ちょっと恥ずかしいです」
喜一は急に照れ始めた。その様相があまりにもかわいく見えてきた。
「まあ、いいんですけど。ただ十歳も離れているとなると色々」
「いいえ。年齢ではないんです。年齢は関係ないんです」
「はぁ。そうですか」
喜一は必死だった。余程の思いがあるのだろう。
しかし、私は断るつもりだ。
結婚しても最終的に若い女性を選ぶだろう。
私はもう、以前のような嫌な想いをしたくない。
「花を人の命に例えていましたよね。確かに花の命は短いです。でも、人は短くても沢山の経験によって、輝いていくと思うんです」
「そうですかね。解らないですけど」
「僕はあなたの生け花が好きです。繊細で美しく、儚さがある。あなたが年老いたとしても、内に光るあなたの魅力はどんどん増している。あなたの作品がそれを示しているんです」
喜一は真剣そのものだった。
作品からそれが出ている。初めて言われた気がした。
これまで私の作品は古典的と言われていた。しかし、私としては古典を極めることで、進化できると思っていたからだ。
自分自身を認めて貰えている気がして心が疼いた。
「そ、そうですかね。なんか、ありがとうございます」
「いいえ。僕は本当のことを言ったまでです」
「……そうですか。あ、何か食べませんか?」
「では。揚げ出し豆腐を」
喜一は揚げ出しを食べ始めた。この人はどんな人なのだろう。
私は喜一が気になり始めていた。
「あのー。やはり、結婚は無理ですよね」
「え?」
「いきなり本当にすいません。最後に会えただけでも嬉しいです」
喜一は少しだけ涙目になっていた。
何だか可哀想なことをしてしまった気分だ。
このまま、今日が終われば本当に最後だ。
「良かったら、連絡先交換しませんか?」
私はスマートフォンを取り出した。
華道の恋(了)
題材 花 製作時間 26:09 文字数 1612
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