ナインティ・ナイナーはいちたりない

@TANABUTTON

たった0.1さえも

“雲と浮き島が漂うあの空に向かって突き進むと、そこは青い天井などではなく広大無辺の暗闇である。”

 何年か前に、各国の天文術者を始めとした宗教家や、その教義に倣う国家元首などを招聘した魔法学会にて黒い衣に身を包んだ黒髪黒目の少年がそのように証明したらしい。

 彼いわく。宇宙と呼ばれるその暗闇には幾多の星が漂っており、我々が足をつけて生活するこの大地もその中の一つの小さな表面にすぎないのだという。確かにどんな球体でも“面”はある。当時、報せを聞いた俺はポンと手を打って得心したものだ。

 ゆえに我々が堂々と足を衝くこの大地。ひいてはなみなみと揺蕩う大海原とライフサイクルの循環に付いて回るマナを擁するこの偉大なる世界“ティアル”は、学術の世界において“惑星ティアル”と呼称されるに至った。


 …で、それがなんだと言うのか。


 この星が玉の形をしていようが板のように平たかろうが、人々の暮らしに影響はない。

 太陽は変わらず浮沈し、二つある月は昼夜交代で我々の営みの正邪を問わず見守ってくださるし、“ステータスオープン!”と唱えれば各人の能力値は開示される。

 ……状態のいいドラゴンの亡骸をそのまま引きずってきても市場の果物を買うことが出来ないように、極度に程度の高い知見は人々の暮らしに影響を及ぼさないのだ。


 俺は美しい青で塞がれた遠い空の果てに思いを馳せつつ、有限ながら平面の果てまで続く草原を見つめる。地平線。この大地が面ではなく球である証明。

 ……ああ、なんと皮肉な話だろうか。狂おしいまでに追い求めた“ゼロ”。すなわち“丸”は足元にあるというのに。俺はどれだけ歩いても概念上のそこにたどり着けないというのに。ゼロの象徴のどでかいヴァージョンは足元にあるのだ。


「……ステータス、オープン」


 何気なしにつぶやいて、自分の能力値に変わりがないかダメもとで確認してみる。俺の通りの悪い声に対してあてつけるかのように、虹を砕いたような光の粒子がきらびやかに舞いながら俺のステータス画面を形作っていく。

 ものの数秒のうちに、目の前には色とりどりの宝石と純金で飾られた華美なスクロールの幻影が浮かび上がった。とても長い。俺の背より長い。そんだけ長いにも関わらず書いてることはどの行も似たり寄ったり。注意深く隅々まで観察したが、どこも変わっていない。



 ―――――――

 ●ココノク・ツクモ

 ●レベル:999

 ●筋力:999

 ●魔力:999

 ●敏捷:999

 ●耐久:999


 ……………

 ―――――――



「はぁー……」

 嘆息である。腰をかがめてステータスの下部を見た甲斐もなく何も変わっていない。どこを見ても9。9。9。いい加減うんざりだ。この豪奢なステータス画面も見飽きた。

 ……あと1。あとたった1レベルだけ上がってくれればそれでいい。だというのに俺のステータスは何も変わってくれない。


 想像できようか。生まれつき死ぬほど物覚えがいいために1の努力で100……否、999の成果を上げてしまう男の苦悩を。

 周囲からは驚嘆と嫉妬を買い続けたが、最終的に“そういうヤツ”という扱いを受けるようになり嫉妬もされなくなった。俺からすれば「なんで努力これをやってそれだけしか成長しないの?」としか思えなかった。


 ……学院時代の話だ。ある日、俺のステータスは停止カンストした。

あれ?と首を傾げた後、いつもより多めに勉強と訓練を頑張ってみた。ステータスは動かない。変だ。と思った俺はステータスを司る精霊を研究している教授のもとに伺い話を聞いた。


 ――――――――――――


『これはどういうことですか?ステータスが一切変動しないなんて、変です。こんなに頑張っているのに……』

『ツクモ。つまりお前は特訓をしても本を読んでも、体力も知力もスキルもまったく成長しないと……そう嘆いているんだな?』

『教授殿。解釈を違えていますよ。“成長しない”のではなく“ステータス画面が変わらない”と相談しているのです』

『ちなみにその“頑張り”とやら、手応えはどうだった』

『と、申しませば…?』

『しんどかったか?』

『はあ……学院の敷地内の森を夜更けから日の出まで全力疾走したあと、岩肌を素手で掘り抜いて作った穴で読書をしておりましたが、別に。汗はかきましたが、この程度でしんどいなどとてもとても……』

『本の内容に頭を抱えたか?』

『まさか。内容は簡単に頭に入りましたし、やはり自分の知見が正しいことの裏付けになった。と学べました』

『……いいか、ツクモ。そういうのをな……』


 ―――――――――――



「……ッ!!!」


 思わず手近な石を握り潰した。あの時の教授の言葉はトラウマになっている。今も思い出したくない。




 ――――『9』。10進法の極点の証…即ち、【限界】を意味する値。ゼロの一つ手前の数字で、ゼロからもっとも遠い数。ツクモ・ココノクはこの数字に囚われ続けている。

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