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「僕、こっちだから」
「そっか、俺、こっちだから」
大して会話もないまま、僕達は別れの道に差し掛かった。
「じゃ、また…」
顔を見ると寂しくなりそうだから、俯いたまま、右手だけをスッと上げた。
「うん、じゃあまた」
地面に映った桜木君の影が、少しずつ遠ざかって行くのを見て、僕も漸く一歩を踏み出した。
でも、
「ちょっと待って?」
僕を呼び止める声に、僕の足は急停止する。
「これ、君んだよね?」
ゆっくり振り向いた先に見えたのは、僕と桜木君の名前が書かれて相合傘で…
「えっ、何で? ちょっ、どうして?」
僕は桜木君の手からその紙を引き取ると、クシャッと丸めて制服のポケットに捻じ込んだ。
見られてしまった。
僕の恥ずかしい秘密を、桜木君に知られてしまった。
僕は、まるで火が付いたように顔が熱くなるのを感じていた。
「実はさ、たまたま廊下で君とすれ違った時、君の手に持ってた辞書の間から落ちたのを拾ってさ…」
そうだったのか…
しっかり挟んだつもりだったのに…
僕はやっぱりおっちょこちょいだ…
「本当はさ、もっと早く渡そうと思ってたんだけど、中々機会がなくてね? ごめんね?」
なんで桜木君が謝んだよ?
おかしいじゃんか…
「ご、ごめんな…、気持ち悪いよな…、こんなの」
男のくせに相合傘とか書いちゃうなんてさ…
もし僕が桜木君の立場だったら、マジで引いちゃうもん。
「わ、忘れてくれていいから…」
夢でも見たと思って、綺麗さっぱり忘れてくれても構わない。
僕は目に溜まった涙を桜木君に見られたくなくて、咄嗟に桜木君に背中を向けた。
本当はさ、走って逃げ出したい気分だったけど…
「いやー、実はさ、俺も忘れようと思ったんだけどね?」
そりゃそうだ。
嫌なことは、とっとと忘れた方が健康的だ。
「でもさ、忘れらんなくてさ…」
桜木君て、案外根に持つタイプなのか?
「それさ、間違ってるよ?」
は?
「実際は、左側に青いペンで好きな人の名前書いて、右側に赤いペンで自分の名前を書くのが正しいやり方なんだよ? 知らなかった?」
えっ、僕、間違えてたの?
「ちゃんと訂正しておいたから」
は?
訂正、って何を…?
僕はポケットの中から、クシャッと丸めた紙を取り出すと、街灯の下で広げた。
そこには、さっきは気付かなかったけど、確かに小さな青い文字で”桜木翔真”って右側に書いてあって、左側には”大田智樹”の赤い文字が書いてあった。
「あ、あの…、僕、意味わかんないんですけど…」
「いや、だからさ…」
ひたすら動揺しまくる僕を見て、桜木君の、少し撫でた方が小刻みに揺れる。
「ちゃんと正しい方法でやんないと、叶うもんも叶わないでしょ? だから俺が訂正しておいた、って言ってんの。分かる?」
いや…、全然分かんないよ…
僕は首を、捥げるんじゃないかってぐらい、ブルンブルンと横に振った。
「だーかーらー、俺が訂正しておいたおかげで、君の恋は成就したって言ってんの。つか、これでも分かんない?」
頭の中の?マークと格闘を続ける僕に向かって桜木君の顔が徐々に近付いてきた…と思ったら、チュッと僕のほっぺに触れた柔らかい物体。
もしかしてだけど、今のって…
「あ、あのさ…、今のもう一回してくんない?」
「いいよ、君が分かるまで何回でもしてあげる」
今度は僕の唇に触れた柔らかい物体…
「夢…、じゃないよね?」
もしこれが夢なら、僕はもうとっくに飛び起きている筈だ。
「夢じゃないってば。もう、分かんないかなぁ…。俺も君のことが好きだ、って言ってんの。もう、最後まで言わせないでよ、恥ずいんだからさ」
桜木君が頭をポリポリと掻いた。
桜木君が僕のことを?
好きって言った?
嘘でしょ?
冗談なんでしょ?
「あの…、もう一回言ってくれる? 僕、ちょっと信じられなくて…」
そうだ、きっと僕は揶揄われてるんだ。
そうに決まってる。
だって桜木君が僕のこと好きだななんて…
信じらんないもん…
「ねぇ、君ってもしかして相当な鈍感? 普通キスまでしたら信じるでしょ…? ちゃんと”好きだ”って言ってるし…」
そうだよね…
嘘や冗談でキスなんて…出来っこないよね…?
ましてや僕達、男の子同士だし…
「ごめん、今信じた…」
僕の目の前で、桜木君がプッと吹き出す。
そして僕の肩に腕を回して、僕を引き寄せると、今度は額に桜木君の唇が触れた。
「君ってホント、面白いよね? それに…可愛い」
僕が…可愛い?
やっぱり僕、揶揄われてんの?
それならそれでもいいや。
「ま、何はともあれ、宜しくね? 智樹?」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。翔…真」
僕は差し出された翔真の右手を、汗ばんだ手で握った。
「祈願達成、だね?」
「なんだか分かんないけど、そのようで…」
僕達は街灯の下でもう一度キスをした。
ねぇ、これってやっぱり僕のおまじないが通じた、ってこと?
そうだよね?
うん、きっとそうだ。
さぁて、次はどんなおまじないにしようかな?
好きな人とデート出来るおまじない、なんていいかもね♪
おわり♡
僕らの恋の形【BL短編集】 誠奈 @Nama-ko
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