第8章 恋のまじないABC♡

1

僕の視線はいつだって、ただ一人の背中を追っている。


それは、彼に初めて出会った時から、ずっと変わらない。

でも僕には彼に声をかける勇気なんてないから、ずっと背中を見てるだけ。


それだけで良かった。


でもね、気づいたんだ…

グズグズしてたら、彼は他の人の物になっちゃうかも、って…


だって彼はモテるから…

平凡を絵に描いたような僕とは違って、人気者だし、それになんて言ったってイケメンだし?


皆がほっとくわけないよね?


だから僕は決めたんだ、彼に声をかけてみよう、って…




「あ、あの…、桜木君、だよね、1組の…」


廊下ですれ違った時、僕は思い切って声をかけた。


凄く緊張したよ…

心臓が口から飛び出るんじゃ無いか、ってぐらいに緊張した。


なのに…


キーンコーンカーンコーン…


桜木君から答えが返ってくる前に、チャイムの音が僕達の邪魔をした。


正確には、“僕の”だけどね?


せっかく桜木君と言葉を交わすチャンスだったのに…


チャイムのバカヤロー!

僕の勇気を返してくれ!


って、心の中で何度も繰り返した。


そう…

繰り返しただけ…


僕には、もう一度声をかけるなんて勇気、もうないから…




そんなある日、僕は女子達が“おまじない”の話で盛り上がってるのを、寝た振りをしながら聞いていた。


おまじないなんて、効きゃしないよ…


そう思いながらも、僕は女子たちが話ていたおまじないを試してみることにした。




僕はノートの白いページを一枚破くと、そこに大きな相合傘を書いた。


「確か、青いペンで自分の名前を書いて…、で、赤いペンで相手の名前を書くんだったよな?」


僕は紙に書いた大きな相合傘の左側に、青いペンで自分の名前…

右側に赤いペンで桜木くんの名前を書いた。


そしてその紙を綺麗に折りたたむと、英語の辞書の“LOVE”のページに挟み込んだ。


「出来た、と…。つか、こんなんで本当に叶うんだろうか?」


我ながら馬鹿げたことをしてると思う。

女々しいことしてるな、って思う。


でも好きなんだもん、桜木くんのことが…

振り向いて欲しいんだもん、桜木くんに…


それってさ、悪いこと?

男の子が男の子を好きになるって、許されないこと?


そんなことないよね?


人を好きになる気持ちに、性別なんて関係ないよね?




僕、桜木くんのこと、好きでいていいんだよね?




僕の想い、桜木くんに届くといいな…





おまじないの効果が発揮されたのは、それから数日後のことだった。


とは言っても、僕はおまじないの存在なんて、すっかり忘れていたし、僕と桜木君の名前が書いた相合傘の紙が、辞書の間に無いことにも、全く気づいてなかった。


僕はその年の運動会の実行委員に抜擢された。


どうして僕が、って思わないわけじゃなかったけど、最後の運動会だし、思い出作りのため、と思って引き受けることにした。


でもやっぱり、“会議“なんてものは僕は苦手で、皆がアレコレ意見を交わしている最中も、ずっと机に顔を伏せて寝た振りをしていた。


そんな時、


「ここ、いいかな?」


頭上から降ってきた声に、僕は伏せていた顔を少しだけ上げて、ぼやけた目で声の主を確認した。


「隣、座ってもいい?」

「えっ、あっ、はい、どう…ぞ…」


僕の眠気は、一気に遥か彼方…遠くに飛んで行った。


だって、そこにあったのは、夢にまで見たイケメンの顔だったんだもん。


眠気だって、彼の前では平伏すしかない、ってもんだ。


「君、3組の大田君…、だよね?」


僕のこと…、知ってたの…?


どうして?

僕はそんなに目立つ方でもないし、それに桜木君との接点だって、実際今までなかったし…


僕の手は、緊張のあまり、汗でびちょびちょになっていた。




「一緒に帰らない?」


会議が終わり、帰り支度を始めた僕に、桜木君が声をかけてきた。


まさか桜木君の方から声をかけて貰えるなんて考えても無かったから、僕の心臓はぶっ壊れるんじゃないか、ってぐらいにバクバクと打ち付けてて…


「…いいよ」


たった一言を絞り出すまでに、相当な時間を費やしてしまった。

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