「潤君?」


なんだよ?


「もう俺逝かなきゃ…」


うん、知ってる。

明日…だろ?


「寂しいよ…俺…」


うん、わかってる。


「傍にいたいよ、ずっと…」


いいよ、いてやるよ?

ずっと…


「でも…」


でも、なんだよ?

俺が一緒にいたいんだよ、雅也と。


「本当にいいの?」


いいって言ってんだろ?


「嬉しいよ、潤一…」


だからさ、迎えに来いよ…

俺、待ってるからさ…


「うん…でもさ、智樹、泣くだろうね?」


間違いなく、泣くだろうね。


「可哀想なことしちゃう…ね…」


智樹には翔真さんがいるから、大丈夫だよ。

でも俺には、雅也しかいないから…




「愛してる…、潤一」


ああ、俺も愛してるよ、雅也…




あぁ…

もうすぐ朝が来る…




初夏の日差しが降り注ぐ病室で、俺はいつにない清々しい朝を迎えた。


窓の下を見下ろせば、相変わらず向日葵が俺を見上げていた。



もうすぐだから…



俺は向日葵に話しかける。



待ってるよ…



まるでそう答えるかのように、向日葵は一層その輝きを増す。


いつものように付き添いに来た智樹に、屋上まで車椅子を押して貰う。


「今日は天気がいいから外も気持ちいいよ」


エレベーターで智樹が楽しげに言う。


「そうだな」


俺はありきたりな言葉を返した。


やがて俺達を乗せたエレベーターは最上階で止まり、その扉を開いた。

吹き付ける風は少し強いが、照り付ける日差しに汗ばむ肌にはとても心地がいい。


「風、強いけど寒くない?」


智樹が俺の横にしゃがみ込む。


真っ直ぐに智樹の顔を見られない俺は、視線を前に向けたまま首を横に振る。


「そっか。ならいいけど。あ、あそこ、丁度潤一の部屋の真上ぐらいじゃない?」


智樹が車椅子を押しながらその場所まで移動する。


「本当だな…俺の部屋この下だわ…」

「ここから見ると、また違った景色に見えるね」


智樹が手すりに凭れ掛かるようにして、一つ伸びをする。


「気持ちいいね?」

「ああ」


俺も智樹を真似て、一つ伸びをする。

胸いっぱいに空気を取り込み、一気にそれを吐き出した。


「悪いけどさ、何か飲み物買って来てくれないか?」

「うん、いつものでいい?」

「ああ、頼むわ」


OK、とウィンクを一つよこし、さっき来た道を引き返す智樹の背中に、


ごめんな、智樹…

ごめんな、翔真さん…


許してくれてありがとう、和人…


と、心の中で呟いた。




「準備、出来た?」


ああ。

待ってたよ。


「そっか…」


なに?

湿気た面してんなよ?


「…いいのかな、って…」


今更なんだよ?

ほら、早く連れてってくれよ?




手すりを頼りに俺は車椅子から立ち上がる。


バランスを崩した車椅子がカタンと音を立てて倒れたが、それには気を止めず、俺は手すりを跨いだ。


地上と空の境に立ち、下を見下ろした。


向日葵が俺を見上げている。




「潤一、おいで?」


ああ、今行くよ…




雅也が俺に向かって手を伸ばした。

俺はその手を取り、今度こそ離さないよう、しっかりと握った。




一緒にいような…


「うん、ずっと一緒に…」


あ、そう言えばさ、あの時何言おうとしてたんだよ?


「ん、ああ、あれ? もう忘れたよ…」


はぁ?

なんだよ、それ…

相変わらずだな?


「ふふ、ごめんね?」


謝んなよ、慣れてるからさ…


「うん。…愛してるよ、潤一。永遠に…」


知ってるよ。

俺だってお前のこと愛してるから。



愛してる…



永遠に…



お前だけを…






俺は空を飛んだ。


雅也と一緒に…


高く、高く…


どこまでも永遠に続く空を…



飛んだ…

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