遅ぇよ…


「ごめんごめん」


笑って誤魔化すの、相変わらずだよな…


「なにそれ、酷い言われようじゃない?」


だってそうじゃん?

ほら、あん時だってさ…


「またそうやって昔のこと蒸し返すの、じゅん君の悪い癖だよ?」


お互いさま、ってことか。


「だね」


そんなことよかさ…


「ふふ、ほんと堪え性がないよね、潤君て…」


雅也が俺をこんなにしたんだろ?

ちゃんと責任とれよ?


「ま、俺も人のこと言えないんだけどね、潤君のこと考えるだけで、ほら…」


ん…はぁ…あぁ…、雅紀…もっと…


「…あげる…たくさん…あげるよ…」


あぁ…嬉しい…


「泣かないで、潤一…」


雅也のせい…じゃん…

全部雅也が悪いんだ。


「ひっでぇの…。そう言うこと言うと知らないよ、どうなっても…」


えっ、あ、ちょ…、そこ…おかしくなる…


「おかしくなればいいじゃん? 狂っちゃえばいいじゃん?」


そっか…、そうだよな…?

なんも分かんなくなるくらい、滅茶苦茶に狂っちまえばいいんだよな?


「好きだよ、潤一…。愛しくて…堪んないよ…」


俺も…俺だって…愛してる…


「あぁ…潤…一…!」


あ、あぁっ…雅也…んぁぁっ…





朝の日差しに瞼を上げれば、そこにはいつもと何ら変わりのない、見慣れた天井と風景。


そう、何も変わりはしない。


でも、俺の身体に確かに残る、雅也に愛された痕跡は、あれが夢の中の出来事ではないことを物語る。


気怠い身体を起こし、覚束無い足取りで窓辺に立つと、病院内に作られた花壇に、一際大きな存在感を放つ向日葵を見つけた。

他の向日葵が太陽に向かって顔を上げている中で、その一本だけが、逆らうように病室の窓を見上げている。


なんだ、そんなトコにいたのかよ…


その時病室のドアがノックされ、智樹と翔真さんが部屋に入って来た。


「顔色良さそうじゃん?」


翔真さんがビジネスバッグを椅子の上に置き、ネクタイを少し緩めながら言った。


「あぁ、今日はな…」


俺はベッドに腰を下ろした。


「今日はさ、お前に会いたいって奴連れて来たんだ…って、ほら、んなトコいないで入って来いよ?」

「そうだよ、入っておいで?」


智樹が廊下まで出て、声をかけた。


そして智樹に手を引かれながら、ひょこんとドアの隙間から顔を出したのは、雅也の弟…和人だった。


「あ、あの…兄ちゃんの葬儀の時は、本当にごめんなさい。俺、あなたに酷いこと言った…」


目に涙をいっぱい溜め、そう言って和和人は俺に向かって深々と頭を下げた。


和人の足元には、ポタポタと雫が落ちた。


「別に気にしてないよ。俺がお前の立場なら、同じことしたかもしれないし」


実際俺は和人に責められて当然だから。

あの日、俺が電話なんかかけなければ、もしかしたら雅也は事故に合わずに済んだのかもしれない。


「で、でも、兄ちゃんが言うんだ、夢ン中で…”潤一は悪くない”って。毎日毎日…」


ポロポロと涙を流す和人の肩を、智樹がそっと抱いた。


「だから俺、謝らなきゃって…。じゃないと兄ちゃんいつまで経っても逝けないから…」


翔真さんがティッシュを箱ごと差し出すと、智樹がそこから一枚抜き取ってそれを和人に渡した。


「も、大丈夫だから、ね? 潤一も怒ってないよね?」


啜り泣く和人の背中を摩りながら俺を見る智樹の目には、やっぱり涙が溜まっていた。


「あぁ、智樹の言う通りだよ。俺、怒ってなんかないし、それになんかスッキリしたって言うか…」


”これでちゃんと終われる”


俺はその言葉を飲み込んだ。


「まぁさ、いつまでもいがみ合ってても、雅也も成仏できないしさ…良かったよ、な?」


それまでじっと沈黙を守っていた翔真さんが窓の外に視線を向けた。


翔真さんにも雅也の姿、見えてんのかな?


俺は翔真さんの視線の先に目を向けた。


でも、そこにはどこまでも広がる、青い空があるだけだった。

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